「技術者の減少はシリアの死活問題だ」。こう語るのは、国連工業開発機関(UNIDO)の職員ポール・ジャタリアン氏。UNIDOは2018年から2年間、シリアの首都ダマスカスと第2の都市アレッポで、工学技術が身につく職業研修を実施した。参加者は大学生や大学院生、社会人など131人のシリア人だ。
職業研修の内容は、動力を伝える技術である「油圧」と「空圧」の仕組み、電子制御を用いた機械の設計、各種ソフトウェアを使ったプログラミング、 英語だ。
参加者はそれぞれ、自分の学びたい内容を選ぶ。最も人気が高かったのはプログラミングだった。
職業訓練に参加した131人は全員、工学部出身の20代前半~60代の男女。 ほとんどが、シリア紛争で大学を中退したか、貧困に陥った人だ。
ユニークだったのは、参加者の3割にあたる39人が女性だったこと。ジ ャタリアン氏は「UNIDOは女性の参加率を3割にするという目標を掲げていた。それが達成できて良かった」と安堵する。
シリアは、2021年の「世界ジェンダー格差ランキング」(調査対象156カ 国)で下から5番目の152位。UNIDOは、職業研修からのアプローチでシリアの格差を改善したい考えだ。
この研修の大きな成果のひとつに、2年の研修の期間中に、空気圧義肢を開発した参加者(男性)がいた。
ダマスカス大学のティーチングアシスタント(指導助手)を務めるハッサ ン・アリマム氏(34)は2018 年から、油圧と空圧の研修に参加。2021年4月に、「空気圧で作動する人工外骨格」の分野で特許をとった。
アリマム氏は「手足を失った人や麻痺に苦しむ人みんなに、空気圧義肢を、リハビリテーションを通して普及させたい。シリアだけでなく、テロや激しい紛争が続く地域にも提供できれば」と話す。
国連人道問題調整事務所(OCHA)が2021年3月に公表した資料によると、シリア紛争が始まった2011年以降、シリアの若者の死傷者は約1万2000 人にのぼる。またシリア人の半数は、爆弾など爆発物の危険にさらされている場所で暮らす。シリア紛争で手足を失った人も、失うリスクが高い人も少なくないのが実情だ。
空気圧義肢をアリマム氏は将来、人体や人の臓器などに使われるスマートソフト素材からアプローチして医療支援ロボットとIoT(モノのインター ネット)に応用していく計画。研究をもっと深めるため、九州工業大学に 留学する予定だという。
今回の職業研修では、新型コロナウイルスに見舞われた。コロナ対策とし てUNIDO は急きょ、オンラインで教室とつなげる準備を進めていた。ところがシリア国内のインターネット環境が悪く、オンライン化は断念する ことに。ロックダウンが段階的に緩和された後、UNIDOは参加者を減らし、これまでと同じようにオフラインで職業研修を復活させた。