「日本のアニメも歌も世界中で人気なのに、お笑いだけがまだ知られていない」。そう語るのは、元商社マンで、いまは吉本興業に所属するお笑い芸人、マヌー島岡さんだ。マヌーさんは、スイス人の妻シラちゃんと漫才コンビ「フランポネ」を組み、2019年にデビュー。日本のお笑いを世界に広めようと、大学や語学学校に通う留学生に日本語の漫才の作り方を教えている。
ベトナム人からパナマ人まで
フランポネが担当する授業のタイトルは「漫才で覚える日本語」。1コマ90分の単発授業が基本だ。自己紹介と簡単な掛け合いを作る。学校からリクエストがあれば、3コマを使って本格的な2分のネタを作ることもある。これまでに東京学芸大学、早稲田大学、ユニタス日本語学校などに出向いてきた。最近ではオンライン授業も増えているという。
漫才を学ぶ留学生の国籍は、中国、ベトナム、インドネシア、フィリピン、メキシコ、パナマ、米国、英国など。日本語のレベルもさまざまだ。
授業ではまず、漫才とは何かを紹介する。わかりやすい短いネタをフランポネが見せる。「面白いことを言う人がボケ。ボケを説明したりストーリー展開をしたりする人が突っ込み」とコンビの役割を説明する。
漫才を見たことはあっても、面白いと感じる生徒は多くないという。マヌーさんは「映画『火花』やテレビのネタ番組を見て漫才を知る生徒が多い。でも『2人で何をやっているのかわからない』と言われる。アジアでも欧米でも、主流は一人で話すスタンダップコメディだから」と言う。
飲むのはビル? ビール?
漫才について紹介した後、生徒同士でコンビを組み、コンビ名を決める。それぞれの出身国の特徴や好きな食べ物の名前などを組み合わせる。「今までで一番すごいと思ったのは、インド人とドイツ人のコンビの『カリーブルスト』。カリーブルストとは、ドイツにあるカレー味のソーセージのこと。実際にある食べ物の名前を使って、2つの国の特徴をよく表している」(マヌーさん)
生徒たちが作るネタは、日本で経験した面白い出来事や、日本語の間違いなどを元にしている。どのクラスでもお決まりのように出てくるのが、「日本人は高い建物を飲むんだって」「それ、ビールとビルを間違えているよ」というくだり。hを発音しない言葉を母語とする生徒の間では、「美しい響き」を「美しいいびき」と言うネタも定番だ。
中国人の生徒がよく作るのは、中国語と日本語の漢字の読み方の違いを使ったネタだ。たとえば中国語では、「湯」は「スープ」という意味。そこで、「日本では蛇口からスープが出てくる」「スープ屋さんかと思ったら銭湯だった」などとなる。
日本語の初級者には、やりとりの面白さで笑わせるネタを作るようアドバイスする。語彙が少なく、言葉遊びができないからだ。「あなた、どこから来たの?」「トイレから来た」「どこの国から来たのかを聞いているんだよ」といった具合だ。
生徒たちが作ったネタは、授業の終りに一組ずつ発表する。マヌーさんは「みんなノリノリで楽しそうにやっている。留学生同士、日本で体験することは似ている。ふだんから一緒に学ぶ仲間でもあるので、ネタはとても受ける」と話す。
とはいえ、出身国によっては漫才をすることに抵抗を覚える生徒もいる。「インドネシアや中東から来た女性は、小さな声で恥ずかしそうにやっている。イスラム圏では女性が人前で笑われるのは良くないという文化がある」(マヌーさん)