- 2021/01/06
コーヒーを飲みながらバードウォッチング
職場の飲み会の席で、酔うと決まって故郷自慢をする先輩がいたが、私は馬耳東風を貫いていた。むしろ故郷に執着できる人が羨ましいとさえ思っていた。だが、私が住んでいる家の近所、それも徒歩数分の場所に自慢できるものを見つけたのだ。それは水鳥が生息する干潟だ。今日も私は双眼鏡を持ってバードウォッチングに来ている。双眼鏡で見る水鳥は手が届きそうなほど近くに見える。羽根を広げる鳥の姿は自然そのものだ。
この谷津干潟は京葉港の埋め立て地の中に位置し、しかも港からは2キロも離れている。それなのに鳥獣保護区に指定されており、手つかずの自然が残っている。同じ埋め立て地に住んでいる私は、通勤、買い物、ウォーキングコースとしても常に干潟の遊歩道を利用している。つまり、生活の一部なので今までに足を止めて野鳥を観察することはしなかったのだ。身近にある、価値のあるものに気づかないのは何ともったいないことか。
冬のバードウォッチングは寒いのが難点だ。厚手のセーターとコートを着ても足元からじわりと冷えてくる。そんな時は、暖房設備の整った自然観察センターに避難することにしている。センター内の喫茶店は唯一、バードウォッチングをしながら飲食ができる場所だ。干潟に面した窓際の席に座り、熱い有機焙煎コーヒーを一杯飲むことにする。
谷津干潟は、アラスカで子育てをしたシギ・チドリといった渡り鳥が、オーストラリアまで旅をする間に、羽を休める中継地点になっている。鳥たちは約1万2000キロを旅するのだが、旅の道筋は毎年忘れることがないという。これは、観察センター内の資料を読んで学んだことだ。野生の能力は人間の常識では測れないのだ。
双眼鏡は、ゴミまでもはっきりと見せてくれる。東京湾から潮にのって流されてくるたくさんのプラスチックゴミ類を見かけると、世界の海は繋がっているんだなぁと実感する。市民ボランティアが干潟の清掃をしている姿を何度も見かけた。潮溜まりに浮かぶゴミを回収するのだ。ゴミは湿地の生物が減る原因になるからだ。特にジェルビーンズが入った歯磨き粉のチューブは、生物には危険だ。残念だがゴミは無くならないだろう。でも人間の意識が変わり、清掃をする人がもっと増えれば少しは良くなると思う。ここにいると、人間は自然の一部なんだなぁと思うのだ。コーヒーは様々に思いを巡らせるのに役に立つ。そして活力が湧いてくるのだ。
谷津干潟がバードウォッチングのメッカになっているのには理由がある。その一つは、1993年にラムサール条約に登録していることだ。ラムサール条約とは「特に水鳥の生息地として、国際的に重要な湿地に関する条約」だ。解り易くいうと「水鳥の生息地として自然保護区域を設け、湿地と水鳥の保護をしなければならない」という国際規模の環境保護条約だ。
水鳥がいる湿地は他にもたくさんあるから別段珍しくもない。だが、谷津干潟が他と違うのは、環境保護を訴える市民運動の象徴だということだ。干潟がたどった歴史では、今までに県から開発による干潟埋め立て計画が何度も提示された。その度に市民団体が反対表明を出し、議会で話し合い、埋め立てを免れてきた地域なのだ。そして何年も干潟の清掃活動、野鳥の保護をしてきた末に、1988年には国の鳥獣保護区に指定された。40.1haの干潟は、決して広くはないのだが住民の保護運動の歴史があるのだ。ここで、バードウォッチングができるのは、奇跡に近いことだ。
コーヒーで体が温まったので、再び冷たい風が吹き抜ける干潟に戻り散策をすることにする。今年は、カモの数は少ないようだ。天候不順のせいで餌の藻が少ないからだと推測する。
(サポーター/髙木 清美)
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