2021年2月にクーデターを起こしたミャンマー国軍は、これまで1500人以上を殺し、9000人以上の政治犯を現在拘束しているとされる。国軍の犯罪行為の証拠を集め、世界に発信するのが人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」だ。AAPPの執行部のメンバーのひとり、コンゲさんは「我々は生きた歴史の教科書を作っている」とその意義を語る。
88世代が立ち上げ
タイの西部に位置し、ミャンマーと国境を接する町メーソット。AAPPの拠点は、この町のはずれに建つ高床式の民家にある。
AAPPは2000年、ミャンマーで1988年8月に起きた大規模な民主化要求デモの活動家ら(88世代)が設立した。現在のメンバーのほとんどが刑務所にかつて収容されていた元政治犯だ。
AAPPは設立以来、ミャンマー国軍に捕らえられた政治犯の釈放や、刑務所の生活環境の改善などを訴えてきた。度重なる拷問で精神を病んだ元政治犯に対してはメンタルカウンセリングを提供するなど救済にも取り組んできた。
ミャンマー政府は2012年、AAPPのメンバーをブラックリストから外した。これを機にAAPPはミャンマー最大の都市ヤンゴンにもオフィスを構え、展示施設を設置。国軍の犯罪行為や拷問のようすをミャンマー国民に伝えてきた。
だが2021年2月のクーデターで状況が一変。命の危険を感じたAAPPは活動の場所を再びメーソットに戻した。
証拠不十分にさせない
クーデター後のAAPPの主な活動は、ニュースやSNS、目撃者への電話などで国軍の犯罪情報を入手することだ。それを毎日集計し、ウェブサイトで報告する。その数字の正確さから、BBCやCNN、アルジャジーラなど世界のニュースメディアがAAPPのデータを引用する。
情報を集めるのは、国軍の残虐行為を国内外に訴えるためだけではない。民主政権が将来誕生し、国軍の戦争犯罪を裁く時に、証拠として利用するためだ。カンボジアやルワンダの大虐殺のようなひどい人権侵害に対しては後に特別法廷が設けられ、戦争犯罪が裁かれることもある。AAPPは将来、国軍を法廷に立たせ、真実を解明し、被害者が正当に保障されるように犯罪記録をとりためているのだ。
「ミャンマーでいつも問題になるのは、証拠不十分で免罪になること。そうならないよう我々は正確な情報を後世に残さなければいけない」
コンゲさんはこう語気を強める。
訓練受けた市民が調査員
そこで大切になるのが、記録の信ぴょう性だ。AAPPはひとつのニュースや目撃情報だけで事実として集計することはない。他のニュースを参照したり、近くにいる知り合いに確認してもらうなどして事実かどうかを検証する。
また、裁判で使えるように詳細に記録する。日時や場所はもちろん、周りの状況を調べたり、目撃者のコメントもとる。証拠写真も、さまざまな角度から撮影するという。AAPPはクーデターが起きる前から、国連や欧州連合、米国などと連携し、この「特殊な技術」(コンゲさん)を蓄積してきた。
AAPPはまた、国軍の犯罪行為をすべて記録するため、人材育成にも力を入れる。
犯罪記録のつけ方を学ぶ5日間のオンラインワークショップを定期的に開催。そこでトレーニングを受けた一般市民が調査員となり、全国の人権侵害の現場に向かい、記録をとるのだ。
その一例が2021年9月以降にミャンマー西部のチン州タンタランで繰り返し行われた国軍の空襲と放火だ。タンタランの家屋の3割がこれまでに燃やされたという。
調査員は現地へ行って写真を撮り、聞き取り調査を実施。殺された人数や燃やされた家屋の数などをAAPPに報告した。これまでに多くの一般市民がトレーニングを受け、ミャンマー国内で活動しているという。
「国軍の残虐行為を止めるのは難しい。だが記録には残せる。我々は今、正しい歴史の教科書を作っている」(コンゲさん)