アフリカ野球のパイオニアと呼ばれる人がいる。一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構(J-ABS)の代表理事を務める友成晋也さん(58歳)だ。友成さんは「野球人づくりセミナー」をアフリカ各地で開催し、コーチや選手に規律、尊敬、正義を伝える。
野球からデモクラシーを学ぶ
友成さんは1996年に国際協力機構(JICA)の職員としてガーナで働き始めて以来、アフリカでの野球の普及に力を入れてきた。ナショナルチームのコーチも務めたガーナを筆頭に、タンザニア、南スーダンと3カ国で野球を指導。2019年にはJ-ABSを立ち上げ、「アフリカ55甲子園プロジェクト」と銘打ったアフリカでの野球の普及活動を本格化させた。
この55という数字の由来は、J-ABSのエグゼクティブ・ドリーム・パートナーである米大リーグ元ヤンキースの松井秀喜さんの背番号というだけではない。アフリカの55カ国・地域に野球を広めたいとの思いも込められている。
アフリカ55甲子園プロジェクトの主な活動は、野球を使った人づくりだ。友成さんはアフリカでの20年以上の指導経験を体系立てた「人づくり野球教本」を英語で作成。これを使って人づくり野球教育セミナーをアフリカ各地で開催する。ガーナなどの3カ国に加え、ナイジェリアとケニアのアフリカ5カ国でコーチや選手、教育者にセミナーを開いてきた。
セミナーは55の「なぜ」から始まる質問で構成されている。この質問に答えながら、人づくり野球教育を学んでいく。
最初の質問は「なぜ、時間通りに集まらなければならないのか」。
アフリカンタイムと呼ばれるように、アフリカでは時間にルーズなところがある。「ガーナの3時は、3時0分から3時59分までのことだと知り合いは言っていた」と友成さんは笑う。
時間通りに来ることが大切なのはコーチも選手もみんな理解している。だがそれがなかなかできない。こんな時、友成さんはこう説明する。
「練習に遅れてくる理由は、道路の渋滞や雨、道端の野良犬に噛まれるといったこと。だがこれらは予想できる。予想できれば準備もできる。時間に遅れてくることもない」
そしてこう言ってやる気にさせる。
「野球は予測、準備、確認のスポーツだ。時間通りに来ることは、野球の一番初めの練習のようなもの。野球がうまくなるために、まずは時間通りに練習に来よう」
選手たちは野球が好きで、うまくなりたいと思っている。こう伝えることで選手たちは練習の始まる前にグランドに集まるようになるという。
セミナーでは「なぜ打順どおりに打たなければならないのか」という質問もする。
日本では当たり前。ルールだからといってほとんどの人が疑問にすら思わないような質問だ。だが友成さんが南スーダンで指導している時にこんなことがあった。
ある試合で前の回が7番打者で終わったにもかかわらず、次の回で3番打者が打席に立とうとしたのだ。彼の意見は「俺の方が(8番打者よりも)打つのがうまいから」だった。
友成さんはこんな時「これは野球のルールだから打順通りに打て」とは指導しない。代わりにこう伝える。
「野球は9人の打者に順番に打席が回ってくる平等なスポーツなんだ。平等が大切なんだろ。デモクラシー(民主主義)を野球を通じて学ぼう」
友成さんがセミナーでこの話をすると、アフリカのコーチたちはみんな、大きくうなづくという。