【タイ選挙特集①】三本指を掲げる短髪女子「王室改革訴える前進党が唯一の希望」

三本指をかざす活動家のファー。三本指は民主化を求めるサインで、映画「ハンガーゲーム」から真似したのが始まり。2021年に軍事クーデターが起きたミャンマーにも伝わり、広く使われている

微笑みの国と呼ばれるタイ。だが実際は親軍政党「国民国家の力党」が政権をとる。軍政に反対して2020年以降、議会の解散や憲法の改正など民主化を求めるデモが各地で相次ぐ。そうしたタイで5月14日、4年ぶりに国政選挙が実施される。民主化を求める若者はいま何を思っているのか。タイ北部のチェンマイを取材した。

校則に抵抗して坊主頭に

机に並べられたビール瓶、タバコと大麻が入り混じった煙、「民主主義を取り戻せ」と書かれた横断幕。ここはチェンマイ市の郊外にあるさびれたバー。民主化を求める活動家が毎晩集まる場所だ。

この日は20人ほどの若者が輪になって話し合っていた。議題は、タイ北部の山岳民族の生活改善と環境破壊をどう防ぐか。山岳民族を支援するNGOの職員から話を聞き、その後、おのおのが意見を述べていく。参加者のほとんどは20代。学生が多そうだ。オンラインで参加する者もいた。

話し合いが終わるとフリータイム。若者たちはグループに分かれて、お酒を飲んだり、カードゲームを始めた。ギターの演奏に合わせて歌い始めるグループも。心地良い音楽が流れる中、みんな楽しそうにおしゃべりしている。

ギター、酒、タバコ、大麻、そして民主主義。1960年代の日本の学生運動を彷彿させる景色がそこに広がっていた。

そうした中、ひときわ元気良く歌う女性がいる。名前はファー。大学1年生になったばかりの19歳だ。特徴的なのはその髪型。坊主から少し伸びたであろうショートヘアを金色に染めていた。

「タイでは小学校から高校まで髪型の規則があるの。女の子の髪の長さは耳の下から肩まで。規則に違反すると、先生にハサミで髪を切られることもある。こんなのおかしいでしょう! それに抗議して坊主にしたのよ」

ファーは笑いながら三本指を掲げた。彼女は根っからの活動家。ほぼ毎日このバーに顔を出し、仲間と議論を重ねている。

1%の人が67%の富を支配する

ファーのような若者が活発に動き出したのは2020年から。2014年から続く軍政とコロナ禍で停滞する経済を理由にタイ人の間では不満がたまっていた。

そこに追い打ちをかけたのが、2019年の総選挙で躍進し、若者にも大人気だった「新未来党」に対する解党命令だ。これにより若者の怒りが爆発。タイ各地でデモが起きた。

ファーも友人とともにチェンマイ市近郊の町のデモに参加した。マンゴーやロンガンを作っていた農家は当時、苦しい生活を強いられていた。安いフルーツが中国から輸入されて価格が下がる中、肥料は高騰。ファーが参加したデモは農家の生活改善を求めるものだった。

1000人以上が集まったデモは、町の主要道路を封鎖しながら地元の市役所へと行進。意見書と署名を提出した。その後の集会で、ファーはマイクをもって軍政を批判した。

「タイでは1%の富裕層が国の67%の富を占めている。この国は本当の意味でタイ人みんなのための国ではない」

だが、ほどなくして警察の嫌がらせが始まった。

警察が「娘は元気にしているか」と、両親がいる実家に来るようになったのだ。時には「娘の行動を管理するのは親の責任だ」と問い詰めることも。ファーの両親はデモに参加することには理解を示していたものの、娘の安全を心配するようになった。

「警察の脅しに怯むことはない。だが親や近所の人たちに心配をかけていると思うとつらい」

ファーはこう唇をかむ。

彼女の話によると、警察はデモの時に参加者の写真を撮って個人を特定。手あたり次第、家に行って「調子はどうだ?」と言い回るのだ。警察の脅迫を恐れて、デモから距離を置いた友人もいる。

若者から絶大な人気を誇る前進党を率いるピタ・リムジャラーンラット党首のポスター。最も革新的な政党だ

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