【タイ選挙特集②】王室改革を阻む不敬罪、起訴件数はここ3年で200回以上と過去最悪

チェンマイで働く人権弁護士のビー。不当に起訴・拘束された活動家の弁護をする。「不敬罪は恣意的に使われている」と批判する

5月14日に総選挙を控えるタイでは、2020年から軍政に反対する民主化デモが続く。若者を中心とするデモ隊が議会の解散や憲法の改正と並んで訴えるのが「王室の改革」だ。これまでタブーだった王室批判を始めた若者たちの思いは何か。争点をあぶり出す「タイ選挙特集」の第2回。(第1回はこちら

クーデターが政権交代の手段

「タイは民主国家ではない。絶対王政だ」

チェンマイ市の郊外に民主化を求める活動家が毎晩集まるバーがある。この一角でタバコを吸っていた男性がこう切り出した。

彼の名前はビー。チェンマイで働く弁護士だ。ビーの仕事は、検察から「不当」に起訴された活動家への法的支援だ。2020年以降、自由なデモ活動を制限する集会法や、5人以上の集会を規制するコロナ禍の非常事態宣言に反したとして多くの人が起訴された。ビーは被疑者の話を聞いて文書にまとめ、彼らを弁護するのだ。

ビーが今回の総選挙で注目するのは、王室改革が進むかどうか。なぜならタイの政治に絶対的な影響力をもつ王室がタイの民主化を妨げてきたと考えているからだ。

東南アジアの研究者のブログ「ニューマンダラ」によると、タイで20世紀(1901年)以降に起きたクーデターは成功、不成功合わせて22回。クーデターが政権交代の手段のひとつになっているという。クーデターを起こした軍を承認するのが国王なのだ。

2014年に起きた軍事クーデターでは、発生の4日後に当時の国王ラマ9世がクーデターを起こしたプラユット陸軍総司令官(当時)を首相に任命した。政治の正常化と国内の安定を図ることが名目だった。

だがクーデターで実権を握ったプラユット首相は1年後に選挙すると言いながら、それを何度も延期した。

世界一裕福なタイ国王

その間に進められたのが、国王への権力集中だ。

ラマ9世の逝去に伴って2016年に即位したワチラロンコン国王は同年末、国民投票で承認された新憲法案の承認を拒否。代わりに国王が海外にいても公務ができるとする条項を憲法に盛り込んだ。これにより国王は保養地のドイツにいながら、国王の権限を行使できるようになった。

2018年には王室財産に関する法律が改正され、王室財産管理局がこれまで管理していた王室の資産が国王個人の名義となった。その資産には王室が所有する不動産や、サイアム商業銀行やサイアムセメントなど王室系企業の株が含まれる。資産総額は推定で4兆~5兆円。タイ国王はいまや、世界で最も裕福な王族だ。

「コロナ禍で経済が低迷して国民が苦しむ中、国王は世界一の金持ち。王室に割かれる国家予算も年々増えている。国民の不満がたまるのも当然」(ビー)

ワチラロンコン国王の振る舞いも、タイ国民の間から疑問の声が上がる。寵愛するプードルには空軍大将の称号を与えた。また保養地のドイツではへそ出しのクロップトップシャツにフェイクタトゥーを付けてショッピングモールを歩き回る。夜に全裸で自転車を乗り回していたとの噂もある。

女性関係も過激だ。国王はこれまでに4回の結婚と3回の離婚を繰り返してきた。2019年に4回目の結婚。だがその3カ月後に2人目の妻を側室として迎えた。タイ王室として100年ぶりのことだった。

2007年にはシーラット元皇太子妃の誕生日会で国王が同席する中、皇太子妃がヌードになっている動画が流出した。新型コロナウイルスの蔓延が始まった2020年には、ドイツ・バイエルンの高級ホテルで20人の愛人とともにハーレム隔離をしていたというから、ロックダウンに苦しんでいた市民の怒りは高まるばかりだ。

ワチラロンコン国王と王妃の看板。タイのいたるところで国王の写真が掲げられている。手前は「タイ団結国家建設党」から出馬したプラユット首相(チェンマイで撮影)

ワチラロンコン国王と王妃の看板。タイのいたるところで国王の写真が掲げられている。手前は「タイ団結国家建設党」から出馬したプラユット首相(チェンマイで撮影)

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