5月14日に実施されたタイの下院総選挙で、不敬罪の見直しなどを求める革新系の前進党が下院定数500の3割を占める152議席を獲得し、第1党となった。政権を担ってきた親軍政党と、前評判の高かったタクシン派のタイ貢献党を抑えての勝利。これは、タイ国民が軍政を否定するだけでなく、「王室改革」を強く望んだことを意味する。
クーデターで2度ひっくり返された民政
王室改革を掲げて戦ったのは前進党だけ(「王室改革」という言い方は不敬罪に当たる可能性があるため、前進党はこの言葉を使っていない)。それ以外の政党はすべて王室寄りだ。軍政を批判するタイ貢献党ですら、不敬罪など王室が絡む法律の改正には後ろ向きだった。
タイの国王は絶対的な影響力があるといわれる。タイで政治を行えるのは、国王から承認を受けた者だけだ。軍事クーデターで権力を奪った国軍も、国王の承認をバックに政権に就いた。
タイでは2001年以降、2度の軍事クーデターで民主的な政権が転覆した。為政者はそのたびに憲法を改正し、親軍政党に有利な選挙制度に変える。2020年には、前回の選挙(2019年)で若者から圧倒的な支持を得て第3党に躍進した新未来党(前進党の前身)が憲法裁判所から解党命令を受けた。
こうした政治のやり方にタイ国民は「選挙で選ばれた政権がなぜひっくり返されるのか」と大きな疑問をもち始める。その矛先は国軍だけでなく、その根底にある王室の問題にも向くことになる。
タクシン派の敗北は王室への甘い姿勢
選挙戦では当初、選挙に無類の強さを誇るタクシン派のタイ貢献党がリードしていた。目標を310議席に定め、地滑り的勝利を目指した。だが結果は前進党をわずかに下回る141議席。
敗因は王室に対する煮え切らない姿勢だ。軍政は批判するが、軍政を認めた国王の絶対的権力には言及しなかった。
タイの政治は今世紀に入ってタクシン派を中心に回ってきた。2001~06年に首相を務めたタクシン氏は、30バーツ(当時のレートで約80円)で病院の診察が受けられるようにするなど、貧困層のための政策を次々に実行した。北部や東北部の貧しい地域を支持基盤に、選挙をすれば連戦連勝。2000年以降、すべての選挙でタクシン派の政党が第1党になっている。
だが時代は変わった。タイ国民は問題の根っこが王室にあると気づき始めたからだ。
この根本の問題に切り込む政党が、今回の選挙で第1党に躍り出た前進党だ。報道によると前進党は今後、タイ貢献党を含む7政党と連立を組む。5月22日には、民主憲法の制定や市場の公平な競争を促す法律の整備など23の政策に合意する覚書を連立政権に参加する政党と交わした。
今後の注目は、前進党、タイ貢献党を軸とする民主政権が樹立できるのか、またそれを国軍が許すかどうかだ。