フィ リピンでも他の途上国と同様、教育への取り組みは大きな課題のひとつ。質の高い教育を受ける人が多ければ多いほど、貧困が解消され、国が発展していくと考 えられているからだ。とはいえ、貧しい家庭では子どもも働き手という現実もあり、中途退学する児童は少なくない。子どもたちをいかに学校からドロップアウ トさせないか、フィリピン・セブの小学校と教育省の取り組みを追った。
■「16歳の小学3年生」を励ます
セブ市のダウンタウンに位置するテヘロ小学校。3年生を受け持つレイチェル・ジルブエナ先生(38歳)は毎朝、児童の出欠をとりながら、一人ひとりの体調や家庭環境に変化がないかを気にかける。「毎日学校に来てほしいから、毎日励ます。それが私のやり方」と話す。
貧しい子どもが通う学校なので、経済的な理由から中退しそうな児童は少なくない。レイチェル先生はそんなとき、ポケットから4ペソ(約10円)を取り出し、ポソ(フィリピンのおにぎり)を朝食代わりに買ってあげる。「食べ物は子どもにとって通学の大きなモチベーションになるから」と笑う。
レイチェル先生のクラスには、16歳の女の子メリーグレイス・アナハウさんがいる。ふつうなら高校に通っている年齢だ。ところがメリーグレイスさんは14人きょうだいということもあって家庭の経済状況は厳しい。出席不足から、2年生を5回繰り返した。だからまだ小学3年生だ。
メリーグレイスさんには中学1年の恋人(13歳)が いる。その恋人はこの学校の児童ではないにもかかわらず、メリーグレイスさんを心配して、かつて毎日のようにメリーグレイスさんが授業を終わるのを教室の 外で待っていたという。レイチェル先生も追い払わずにそれを容認した。いまでは“お迎え”はなくなったが、その励ましのおかげもあってかメリーグレイスさ んは毎日、元気に学校に通っている。
授業中に聞き取れない英単語があると、すぐにレイチェル先生のところに駆け寄り、質問するメリーグレイスさん。「先生が大好き。友だちも好き。将来は学校の先生になりたい」と目を輝かす。
難しいのは、教師のこうした気配りや努力がいつも報われるとは限らないことだ。レイチェル先生のクラスでは2013年度、1人の中退者が出た。「この児童は学校に来てもいつも寝ていた。家業を手伝い、夜遅くまで働いていた」。レイチェル先生は数回にわたって家庭訪問した。だが児 童の母は父と別れ、経済的に困窮している。子どもが中退しようが気にする様子はなかったという。「学校に行けるよう子どもをサポートして欲しい」と訴えた が、聞き入れてもらえなかった。
■英雄パッキャオも非正規出身
小学校の教師が現場レベルで奮闘しているのに対し、フィリピン教育省はインフォーマル教育を提供することで、中退者に救いの手を差し伸べている。
そのひとつが「オープンハイスクール・プログラム」だ。これは、さまざまな理由で学校に通えない児童・生徒に対し、正規外の時間帯で授業を受けられるにする仕組み。正規の授業がないときに、空いた教室を活用する。
もうひとつは「代替学習システム(ALS)」。中退者や、子どものころ学校に通えなかった大人を対象に、インターネットを使った遠隔学習の機会を提供する。卒業試験もあり、合格すれば、高校卒業認定資格が得られる。フィリピン・ボクシング界の英雄、マニー・パッキャオ選手も、ALSで高卒資格を取得して大学に進学した。パッキャオ選手はいまや下院議員でもある。
フィリピン教育省はこのほか、公立高校を卒業したが大学への進学が経済的に困難な若者を対象に、大学の学費として年間10万ペソ(約25万円)、生活費として同2000ペソ(約5000円)を補助している。高等教育を受けるチャンスをより多くの人に与えるのが狙い。返済義務はない。
フィリピン教育省によれば、セブ市の中退者の比率は小学校で3%、高校では7%という。日本の外務省のホームページでは2009年のデータとしてフィリピンの初等教育の就学率は88.2%、2013年までのデータでは大学や専門学校への進学率は25~30%となっている。またフィリピンの識字率は、国家統制局の2008年のデータによると95.8%で、これは域内ではタイに次いで2番目に高い。
2015年までに世界中のすべての人が初等教育を受けられることを目指す「万人のための教育(EFA)」を国連が推し進めるのに呼応し、フィリピン教育省は4つの目標を打ち出している。これらは、「すべての成人の機能的識字能力の向上(母語、フィリピノ語、英語)」「全児童の就学と小学校3年生までの中退・留年の解消」「基礎教育を十分な水準で修了できること」「すべての児童が基礎教育を受けられるようコミュニティが関与すること」。