【フィリピンのど田舎で、モッタイナイとさけぶ(5)】ミミズ堆肥作りスタート、有機農業を支える拠点にしたい!

使われないまま放置されていた堆肥場(2015年6月)

ボトボトッと、フィリピンのパンシット(焼きそば)のようなものが、袋の中からぶちまけられる。細長くて茶色。ニョロニョロと動き回る。その正体はミミズだ。

ここは、フィリピン・ルソン島南部のティナンバック町の堆肥場。青年海外協力隊員(職種:コミュニティ開発)である私の配属先、ティナンバック町農業事務所が管理するごみ処理場の一角にある。ミミズが投入された瞬間、この堆肥場は「本来の役割」を取り戻した。それは「農家と生産者をつなぐ、肥料生産の拠点」であることだ。

3年ぶりに作ることになったミミズ堆肥(2015年7月)

3年ぶりに作ることになったミミズ堆肥(2015年7月)

■投入したミミズは6キロ分

堆肥場は、10メートル四方の敷地に、高さ10メートルのコンクリート製の柱が、ヤシの葉で覆った屋根を支える。その下には、堆肥を作る部屋、台所、トイレ、職員が休憩できる寝室が備わる。

堆肥部屋で私たちが作るのが「ミミズ堆肥」だ。ミミズに有機ごみを食べさせ、土壌を改良する成分を持つミミズのふんを肥料として使う。有機ごみのリサイクルと有機農業の普及を一手に担うプロジェクトだ。

ミミズ堆肥の作り方は難しくない。まず、底に、保水性があるバナナの茎の皮を敷く。その上に有機ごみを置いて山土をかぶせ、後はミミズを投入するだけ。毎日かき混ぜる手間がいらないから、フィリピン人の受けも良い。堆肥をギュッと手で握り、崩れない程度の水分量(40~60%)さえ保てれば、ほとんど放っておいても問題なし。3カ月ほどで堆肥として使える。

初期投資は、6キログラム分のミミズ(6000ペソ=約1万6200円)を、近隣都市の農家から購入したのみ。ミミズの“えさ”となる、野菜の皮や果物の実などの有機ごみは、隣接するごみ処理場でいくらでも調達できる。ミミズは1日に自分と同じ体重のごみを食べる。また、子どもを生むスピードも速く、1カ月で2倍の数になるという。つまり、ミミズが増えれば増えるほど、ごみ処理の速度がアップするという寸法だ。

ミミズ堆肥のほか、堆肥場で私たちはすでに、日本の技術である「ボカシ肥料」(有機肥料を発酵させたもの)の生産にも成功した。堆肥場の脇では今後、液肥などの効果を試すデモファームを設置する予定だ。堆肥、ボカシ肥料、ナスやトマトなどの有機野菜を販売し、その収益でまた、ミミズやボカシ肥料の材料である鶏ふん、米ぬかを買う。

この堆肥場を核に、農家には有機農業の技術や肥料を、消費者には安全な有機野菜を、それぞれ提供する。町の予算に頼らない「自立した肥料生産拠点」を軌道に乗せるのが私たちの目標だ。

「有機ごみの堆肥化と有機農業の促進」という、私の協力隊活動のメーンとなる堆肥場。この施設で堆肥が作られるのは3年ぶりとなる。

堆肥を作る囲いの中にはごみが入れられていた(2015年7月)

堆肥を作る囲いの中にはごみが入れられていた(2015年7月)

■ネズミ対策に鉄の網

「これだけの施設が使われていないんだぜ。サヤン(ビコール語でモッタイナイ)だろ?」。私が赴任した2014年11月、堆肥場を案内してくれた農業事務所の同僚セジュンド・ラニョンさん(愛称ジュン、61)が自嘲気味に笑った。

ジュンさんによると、堆肥場は、有機農業を促進しようと町が11年、総工費18万ペソ(約50万円)を投じて建設した。

竣工して1年半ほどは、ミミズ堆肥を作っていたという。「ごみを処理する目的よりも、堆肥を事務所で使うためだった」(ジュンさん)。しかし、農業事務所に農業技術者が3人しかいない人手不足で、堆肥場にまで手が回らなくなった。また、ごみ処理場までは片道約3キロメートル。自腹で、トライシクル(三輪バイクタクシー)で行くしかなかった。物理的な距離に比例し、広がる心理的な距離。目が届かなくなった途端、ネズミに食べられてミミズが全滅。それを機に、堆肥が作られることはなくなった。

一度は廃墟と化した堆肥場の有効活用が、私に求められた仕事のひとつだ。そのため、私は着任後から、さまざまな日本の堆肥技術を試した。しかし、うまく発酵が進まず温度が上がらなかったり、手間がかかったり、必要な材料がそろわなかったりで、断念。農業事務所は結局、「ケンゾウ(私)の帰国(2016年10月)後も続けられる方法を」と、ミミズ堆肥に回帰した。①ノウハウを分かっている②手間がかからない③良質の土壌改良剤が取れる――などの利点が決断を後押しした。

ネズミにミミズが食べられた3年前と同じ失敗を繰り返さないよう、囲いの上部には鉄の網を設置した。そのかいもあり、投入から約1カ月が経過した現在、ビーフンのように細かったミミズたちは太麺のラーメンのように成長。子どもも生まれ、すでに囲いの底には大量のふんがたまっている。

ただ、有機ごみ・無機ごみの分別システムがまだ確立できていないので、ごみの削減につながっていないのも事実。だが堆肥場が稼働していなかった3年間と比べると、小さいながらも大きな一歩だ。あとは、ミミズがたくさんのごみを食べ、さらに子どもを生む。体長10センチメートルほどの彼らが、ごみ削減の“救世主”になることを期待している。