イランの核開発問題協議の進展により、原油ではない、思いがけない分野に熱い視線が注がれている。
イランと主要6カ国(英米仏露中独)は7月14日、核問題の協議で「包括的共同行動計画」(JCPOA)の合意に達した。その日以降、米金融・経済情報サービス大手ブルームバーグや米経済誌フォーブスなどが、「イランに対する制裁の解除が、航空機大手の米ボーイングと仏エアバスにとって、大きなビジネスチャンスとなる」という期待を相次いで報じた。今後高まるかもしれない航空機需要に、航空業界が大きな期待を寄せているのだ。なぜ航空機に注目が集まるのか最初は疑問だった。だが自らの経験に照らすと、理由が見えてきた。
筆者は同じ頃イランを訪れ、第3の都市イスファハーンから首都テヘランまで国営イラン航空を利用した。搭乗前、飛行機を見て驚いた。これまでに見たことがないほど機体が低かったのだ。「どこ製の飛行機だろう」と思いながら搭乗すると、座席は通路を挟んで3列と2列という奇妙なバランスの配置。さらに、シートが破れていたり、リクライニングがうまく作動しなかったり、座席前のテーブルも歪んでいるものが多かった。見慣れない飛行機に、古い内装。1時間20分という短いフライトだったが、心配が尽きなかった。
帰国後に調べてみると、飛行機は1997年を最後に生産が終了したオランダのフォッカー100だったことが判明した。さらに調べると、イランの旅客機の平均使用年数は23年、イラン航空にいたっては27年ということが分かった(インターネット上の旅客機のデータベース、プレーンスポッターズ・ネットより)。
ちなみに、他社の旅客機の平均使用年数は、ドバイのエミレーツ航空が6年、独ルフトハンザ航空で11年、米デルタ航空は17年。日本航空は8年、全日空が9年だ。イランの旅客機は、その古さから、航空機マニアが好む「空飛ぶ博物館」と言われることもあるという。
老朽化が原因とされる重大事故も多発している。BBCによると、イラン国内では過去25年間で200回以上の航空事故が発生し、2000人以上が死亡している。ニューヨークタイムズが過去の記事で、イランの旅客機を「命がけの老朽旅客機」と表現したこともある。
しかし、実はこの「命がけ」で乗るイランの旅客機に、巨大なビジネスチャンスが隠れていた。ブルームバーグの7月15日付インターネット記事によると、イランで買い替えが必要な古い旅客機は今後10年間でおよそ400機。総額約200億ドル(約2兆4000億円)相当の需要があるという。
一方で、買い替えへの期待については次のような見方もある。米国の調査会社ティール・グループのアナリスト、リチャード・アブラフィア氏は「制裁解除が即、自由化を意味するわけではない。イランの航空会社は、より安価なリースか中古で旅客機の調達を検討するだろう」との見解を示す。
また、制裁も即座に解除されるわけではない。7月20日には国連安保理がJCPOAを支持し、履行を要請する安保理決議案を全会一致で採択したが、この後、国際原子力機関(IAEA)が安保理に、イランの合意履行の検証報告をするというプロセスを経て、部分的・段階的に国連制裁が解除される。
さらに、いったん制裁が解除されても、イランがJCPOAに違反した場合、65日以内に再度制裁が発令される。この再発動措置を、イランとのビジネスや投資のリスクとする見方もある。
また、日本国際問題研究所の戸﨑洋史主任研究員の8月5日付軍縮・不拡散問題コメンタリーによると、JCPOAには対テロ支援や人権問題などを理由に米国が科す制裁措置への言及がなく、イランがJCPOAを履行するだけでは解除されない。
それでも旅客機の調達については、ロイターが8月2日付記事で「イランの航空関係者が、ボーイングとエアバス2社を合わせて5年で300機の発注をする用意がある、と国営イラン通信に伝えた」と報じており、現実的な段階にあるのかもしれない。
イランに対する制裁には、1979年のイラン革命以降、米国などが科してきた二国間制裁や多国間制裁と、国連安保理決議として可決された制裁がある。米国では1996年に、国際テロへの関与阻止を目的とするイラン・リビア制裁強化法が成立。2010年には、イランの核開発阻止を目的に、より厳しいイラン包括制裁法案(CISADA)が成立した。国連制裁は2006年以降、4次にわたり採択されてきた。
イランがJCPOAを履行することで、国連制裁だけではなく、欧州連合(EU)や米国が科してきた制裁も段階的に解除される見込みだ。7月20日にはEUもイランとの合意を承認し、日本政府も25日に、2007年から科してきた対イラン制裁解除の方針を固めた。