ヤンゴン大学に通う女子大生の名前はマリー・セン(仮名)さん。20歳、カチン族のミャンマー人だ。カチン族は、ミャンマーの北部、中国とインドに接するカチン州を統治してきた。「カチンには、ミャンマー政府からも、中国からも搾取されてきた長い歴史がある」とマリーさんは語る。
マリーさんがいま最も心を痛めるのは、停戦合意後も続くミャンマー政府軍と武装組織カチン独立軍(KIA)の武力紛争だ。数千人がすでに命を落とし、国内避難民(IDP)は10万人にのぼると報じられる。家族を亡くし、家を焼かれ、カチン州の首都ミッチーナーの郊外にあるIDPキャンプで長引く耐乏生活を余儀なくされている友人も多数いるという。
「カチン族の私の友人のなかには、(ミャンマーの主要民族である)ビルマ族への憎しみをもつ人も増えてきた。KIAの山岳ゲリラ戦術に対して、政府軍は、15~16歳のカチン族の少年を拉致し、兵士にして故郷に送り込んでいる」(マリーさん)
マリーさん自身は民族差別をあからさまに受けた経験はない。だが「大学などへの入学や優良企業への入社でビルマ族とカチン族が同時に申請した場合、カチン族は常に不採用とされてきた」と言う。結婚での差別については「ミャンマー人同士の結婚で問題になるのは、民族よりも『宗教』の違い」と話す。
しかし、政府軍とKIAで続く紛争の原因は宗教の相違ではないとマリーさんは考える。「ビルマ族以外の民族からビルマ族が憎まれるのは、他の民族を力でコントロールしようとするから。紛争が長引くのは、カチン族の教育水準が低いから。その原因は彼らの教育への機会が抑制されてきたからだ」と言い切る。
平和とは何か。マリーさんは「私たち少数民族も含めてみんなが一緒に生活し、機会が平等で、また戦争がないこと。私は大学の講師になって、(平和を実現できるよう)教育水準を高めたい。そのために勉強を続ける」と話す。
カチン州では、スズ、ヒスイ、金などの鉱物や香りが良く高価なカッチョウ米が豊富に採れる。こうした資源を狙って、隣国の中国やインドから違法に国境を越え、ミッチーナーに移り住む外国人も少なくない。
不法移住者は、土地を買ったり、店を営業したりできる永住IDカード(ピンク色)でなく、暫定の白IDカードしか持てない。ところが裕福な不法移住者は、ミャンマー政府の汚職に乗じてピンクIDを入手し、カチン州の土地を買い、店を営業し、富を手に入れてきた。マリーさんによると、中国人は電気店、オートバイ店を多数営み、インド人は金、コメ取引を一手に握っている。
ミャンマーには8つの主要民族、政府が認定している少数民族は135にのぼる。それぞれが固有の文化をもつ。国民の90%は上座部仏教徒だが、カチン族をはじめ、カヤー族、チン族など人口の5%はキリスト教徒。この大半はプロテスタントの一派であるバプティストと、カトリック。マリーさんはバプティストの信者だ。