道行く人の多くがたばこを口にくわえている喫煙大国ミャンマー。この国伝統のたばこといえば、葉巻(セーボレイ)と噛みたばこ(クーン)だ。ここ10年で起きている西洋文化の流入と健康志向の高まりで、この2つは衰退する運命にあるのか。
■葉巻の売り上げはたったの3%に!
ミャンマー東部のシャン州は、観光客に人気のインレー湖があるだけでなく、実は葉巻の産地でもある。州都のタウンジーには葉巻会社が5つある。
その1つが「シュエ・キャー・ピャン」(Shwe Kyar Pyan=金の虎)だ。同社のビルの中にある葉巻販売店で働くセインウジンさんは「創業した1960年ごろは50本入りの葉巻セットが1日約1000箱売れた。だがいまは、当時の3%の30箱程度。西洋たばこを若者が好むようになったこと、ミャンマー政府が葉巻を規制していることの2つが大きい」と不満を漏らす。
セインウジンさんによると、葉巻の外側を巻くたばこの葉に火をつけることで葉巻がより有毒になるとの理由で、ミャンマー政府は葉巻を嫌っているという。「政府は、葉巻用のたばこの栽培に規制をかけている」
政府のこうした“圧力”にもかかわらず、40~50代のミャンマー人男性の間ではいまだに葉巻の人気は根強い。タウンジーに住む日雇い労働者のタイヤンさん(52歳)は18歳から葉巻を吸い続ける。「1日5本吸う。西洋たばこに比べて味やにおいが強いから好きだ。医者にやめろと言われてもやめない」と葉巻の魅力にとりつかれている。
■噛みたばこは「口腔がん」のもと?
もう1つの伝統的なたばこであるクーンとは、ビンロウ(ヤシ科)の種を石灰と一緒に、キンマ(コショウ化)の葉っぱに包んだもの。サイズは消しゴムと同じぐらい。それを噛むと、たばこを吸っているような感覚になる。口の中が真っ赤になるのが特徴だ。
クーンも葉巻と同様、中年以上の男性には依然として人気がある。バイクで通りすがりにクーンを買っていったセットチンさん(61歳)は27歳からクーンを愛用し始めた。「口に入れると、口の中が暖かくなるし、刺激がある味が好みだ。これからも噛み続ける」と赤く染まった歯を見せて微笑む。
だがクーンも、若者離れは顕著だ。売れ行きも右下がりにある。タウンジーでクーンの露店を経営するウサンニさんも「どんどん悪くなっている」と苦悩を明かす。
クーンは2個入り、3個入りとパッケージで売るが、値段はそれぞれ300チャット(約25円)、500チャット(約42円)。この値段は露店を始めた1995年から変わっていない。ところが材料費の高騰と売り上げの減少で、もうけは減っているという。
「1日の材料費は、1995年ごろは500~600チャット(42~46円)だった。でもいまは2000チャット(約168円)と4倍になった。しかも1000個ほどあった1日の売り上げがいまは(その1~2割の)100~200個に落ち込んだ」とウサンニさんは頭を抱える。噛みたばこ売りを始めたのは材料費が安いことだったが、いまは仕入れコストがかかるため続ける理由を見失っている。
国際がん研究機関(IARC) が発表した論文「噛みたばこの原料を噛むこととがんの関連性」によると、ミャンマー人でがんの死亡で2番目に多いのが口腔がんだ。その要因とされるのがクーン。「ミャンマーでの噛みたばこの使用」(サン・ティケら著)によると、噛みたばこの習慣的スモーカーは、口腔がんにかかるリスクが10倍に上る。実際に、ミャンマー人の口腔がん患者の9割が噛みたばこを口にする習慣があるといわれる。
2011年の民政移管と翌年の経済制裁解除から4~5年、経済発展の陰で押し寄せる西洋化と健康志向。こうした時代の流れに、ミャンマーの伝統文化である葉巻とクーンは呑み込まれるのか。固定客である中年以上のミャンマー人男性の生涯と運命をともにするのかもしれない。