「トランプが正直、選挙に勝って安心したよ。クリントンはコンゴ紛争に加担しているから、絶対政権についてほしくなかった」。こうコメントするのは、アフリカ中部のコンゴ民主共和国出身で、米国ミネソタ州在住のダニエル氏(仮名、30代男性)だ。
こうした意見は、海外在住のコンゴ民主共和国出身者(ディアスポラ=母国を離れて暮らす人たち)の間では珍しくないようだ。コンゴ人ディアスポラ向けのメディア「コンゴ・ナンバー・ワン」も、米大統領選の前に「米国在住のコンゴ人はヒラリー・クリントンに投票するな」と呼びかけていた。
コンゴ人ディアスポラ向けに情報配信するジャーナリストのケルウィン・マイゾ氏も11月10日の放送で「ディアスポラの多くはクリントンの敗北を喜んでいる。ヒラリー・クリントンやビル・クリントンは、コンゴ民主共和国に対して悪事を働いたのだから、票ではなく罰を受けるべきだ」と語った。
■ヒラリー氏は見て見ぬふり
どうしてディアスポラはここまでヒラリー氏を嫌うのか。背景には、コンゴ民主共和国の豊富な資源がある。
「クリントン・キャッシュ」の著者ピーター・シュワイツァー氏は、クリントン夫妻とアフリカ諸国で採掘権を狙う会社は協力関係にある、と分析する。採掘会社はクリントン夫妻とクリントン財団(クリントン一族が主宰する慈善団体)に講演料や寄付というかたちで献金し、その見返りとしてクリントン夫妻は資源保有国の政府に働きかけ、資源を“採掘しやすい環境”を整えているという。
採掘しやすい環境とは、今のコンゴ民主共和国のように紛争が続き、汚職が蔓延し、政府が機能していない状況を指す。腐敗した政府は環境や人権に配慮せずに採掘権を与えるため、採掘会社にとっては安上がり。その分かりやすい例がコンゴ民主共和国だ。
コンゴ民主共和国などで採掘権をもつスイスの投資家ルーカス・ルンディン氏は07年、クリントン財団に1億ドル(約115億円)を寄付した。ヒラリー氏は上院議員時代(01~09年)の06年、コンゴ紛争の解決を図る法案「コンゴ救済・安全・民主化推進法」(ジョージ・ブッシュ大統領が署名して法案成立)を支持した。ところが、ルンディン氏からの献金と関連してか、09年に国務長官に就任するとこの法律をほとんど実行しなかった。
この法律は、コンゴ紛争に加担しているルワンダやウガンダへの援助を差し止めできる権限を国務長官に与えている。だがヒラリー氏は見て見ぬふりをした。シュワイツァー氏は、ヒラリー氏はコンゴ民主共和国の現状(紛争状態)を望む採掘会社に配慮して解決(安定した政府の成立)は先延ばしにした可能性がある、と指摘する。
■ルワンダ大統領に「グローバル市民賞」
クリントン夫妻はコンゴ紛争の解決を遅らせるだけでなく、紛争の直接の加害者すら支援している。
コンゴ紛争はコンゴ民主共和国東部で96年から現在まで続き、約600万人の死者を出すなどアフリカ最大級の惨事を生んでいる。この紛争に隣国のルワンダとウガンダが加担していることは国連の調査でも明らかになってきた。
しかしビル氏は大統領時代(93~01年)から親ルワンダで、トニー・ブレア氏(97~07年に英国首相)とともにルワンダ政府に多額の政府間援助を供与してきた。その親ルワンダぶりを象徴するのが、09年にビル氏がルワンダのカガメ大統領に与えたクリントン・グローバル市民賞。これは、世界中の人々の生活を改善するリーダーシップをもつ個人をたたえるものだ。
■ルワンダは資源が欲しくて侵攻
そもそもルワンダはコンゴ紛争にどうかかわっているのか。
94年のルワンダ大虐殺(多数派のフツが少数派のツチと穏健派のフツを虐殺)の後、政権をとったツチからの復讐を恐れたフツの多くは難民として、西側に隣接するコンゴ民主共和国東部へ逃れた。この中には虐殺にかかわったフツ過激派と旧政府軍(フツ)も紛れていた。
この事態を懸念して、ツチを中核とする「ルワンダ愛国戦線」(RPF)は「国家の安全保障」を名目に、96年、コンゴ民主共和国の資源を搾取するという共通の目的を掲げるウガンダの軍とともにコンゴ民主共和国東部へ侵攻する。これがコンゴ紛争の始まりだ。その後98年にも、ルワンダとウガンダは再侵攻した。
2000年にはルワンダ虐殺の首謀者たち(フツ)が「ルワンダ解放民主軍」(FDLR)を結成した。これに対抗して、ルワンダとコンゴ民主共和国の両政府は09年から、コンゴ民主共和国東部でFDLRを掃討する作戦を始めた。
しかし実は、FDLRは02年にはルワンダ政府への攻撃をやめていた。立教大学の米川正子特任准教授は論文のなかで、ルワンダ軍がコンゴ民主共和国東部に侵入する安全保障上の 理由は特になく、天然資源を確保するために、FDLRの存在を口実に使ったと指摘している。
国連が10年に出したレポートも、米川准教授の分析を裏付ける。コンゴ紛争の動機は、96年の時点では主に政治、民族、安全保障だった。ところが資源を奪うことが「私腹を肥やす方法」として魅力を増していった結果、「資源」が紛争の動機に変わっていったという。
コンゴ民主共和国の東部では今も、資源がある土地に住んでいると邪魔だとされ、殺されたり、レイプされたり、土地を追われ難民となった住民が出ている。
■米はルワンダ軍に武器供与!
コンゴ民主共和国を搾取するルワンダ軍に、米国は95年から、ルワンダや米国で軍事訓練を与え始めた。米国のNGOジェノサイド・ウォッチのグレゴリー・スタントン代表はドキュメンタリー「コンゴの危機」のなかで、「(コンゴ民主共和国東部への)侵略を始める直前のルワンダを訪れた際、ルワンダ軍を援助するために大量の武器が夜中に運ばれてくるのを目にした。端的に言うと、米国は侵略を支えていた」と証言している。
国連のレポートが出たあとも、ルワンダ軍の罪は国連安全保障理事会では一切議論されていない、と米川教授は言う。米国や英国が安保理に圧力をかけてルワンダを保護してきた可能性がある。
■トランプ氏にも要注意!
しかしヒラリー氏がコンゴ民主共和国にとって「悪」だからといって、ドナルド・トランプ氏が「善」とは限らない。
コンゴ人ディアスポラのダニエル氏は「トランプの勝利で、コンゴ紛争の負のサイクルがある程度は弱まるかもしれない。ただ、トランプも結局はビジネスマン。だから機会を見つければすぐに搾取に走るはずだ」と不安を口にする。
またコンゴ人ジャーナリストのケルウィン・マイゾ氏は「トランプはクリントン夫婦と比較すると、既得権益とのつながりはない。ただルワンダ人ディアスポラが今、トランプへの接近を図り、また米国の政権をルワンダ政府の味方につけようとしている。最悪の事態を防ぐためには、コンゴ人ディアスポラもトランプに接近すべきだ」と語る。
トランプ氏の大統領就任は17年1月20日。コンゴ紛争の行方から目が離せない。