元出稼ぎ労働者が“新中間層”? フィリピン・セブで起業相次ぐ

明るく陽気な従業員たち。左がドミニーさん

フィリピン経済をけん引してきた「フィリピン人海外出稼ぎ労働者」。世界各地に散らばっていた彼らがここにきて故郷に帰国し、中間層を形成しつつある。その実態を、フィリピン第2の都市セブからレポートする。

セブ中心部のザパテラ地区で2012年9月、スペイン料理を主体とするビストロ「オムレット」がオープンした。オーナーは、ドミニー・モンテネグロさん。26歳だ。スペインと中国の血を引く。

この店のウリは、スペイン料理を格安で提供していること。たとえば前菜のサラダは50ペソ(約120円)だが、驚くことに、メインディッシュの豚肉のリゾットやパスタなども同じ50ペソだ。これは、セブにある他のスペイン、イタリア料理店の価格と比べると5分の1程度と断トツに安い。

なぜだろうと思って、私はドミニーさんに理由を尋ねてみた。すると「日本人なら、1時間働けば、ビックマック3つ分の給料をもらえるだろ? でも一般的なフィリピン人は日給でも1個分にしかならない。僕は自分の料理を普通のフィリピン人に食べてもらいたいし、世界の食文化を知ってもらいたいと思っている。だから値段を安くした」。

コストを下げるために、ドミニーさんはさまざまな努力をしている。店内のデザインは、街中の食堂と同じぐらい質素だ。ただそれでも、壁の色をライトグリーンにしたり、オリジナルのテーブルを置いたり、と外国帰りならではのセンスが光る。

店がある場所には、ドミニーさんの顔見知りも多い。また欧米人バックパッカー向けの安宿も近くにあることから、外国人もたくさん食べにやってくる。経営は順調そうだ。

ドミニーさんは、実はかつて出稼ぎ労働者だった。母が看護師としてオーストラリアで働き始めた少し後、16歳のときに、母の後を追い、海を渡った。シドニーの高校を卒業してからは、ピザ屋や日本料理店、韓国料理店、スペイン料理店、カフェなどで、料理人やウエーター、バリスタなどとして働いたという。

「このときの経験がすべていま生きている」とドミニーさん。オーストラリアで働きながら、生まれ故郷のセブで自分の店をもちたいという目標を立て、出稼ぎでためたお金と母からの援助で起業した。初期投資は20万ペソ(約46万円)だという。

セブではこのところ、ドミニーさんのように、元出稼ぎ労働者の“新中間層”が起業するケースが増えている。街中を歩いていても、「オープニング・スーン」(もうすぐ開店)の看板をあちこちで見かけるようになった。私が初めてセブを訪れた4年前は、ショッピングモールに高級レストランはあっても、道路沿いに気の利いたカフェやレストランは少なかったことを思い出す。

長らく停滞していたフィリピン経済も数年前にテイクオフし、2013年1~3月の国内総生産(GDP)成長率は7.8%と、中国の7.7%をも上回った。好調な経済を背景に、中間層の起業がブームとなりつつある。雇用が増えれば、大きな社会問題となっている貧富の格差も少しは縮まるかもしれない。(セブ=後藤陽)