■19年に完工、投資額は2000億円以上
サウジアラビア政府が、地下鉄を首都リヤドに建設する。米公共ラジオ局(NPR)などが7月31日に報じたもので、2014年に着工し、19年に完工する予定。リヤドの人口は570万人だが、地下鉄の利用者は、当初は1日100万人以上、10年後には同360万人を見込む。
建設主体は、4つの合併企業で構成するコンソーシアムだ。中核となるのは、フランスの大手建設会社バンシ(Vinci)、カナダの重工業会社ボンバルディア(Bombardier)、スペインの建設会社フォメント・デ・コンストルクシオネス・イ・コントラタス(FCC)、オーストリアの建設会社ストラバック(Strabag)の4社。
このほか、地元資本の8社と、英国、米国、イタリア、韓国、ドイツ、オランダ、ベルギー、スイス、トルコ、インドなどの21社が協力する。
地下鉄の総工費は22億ドル(約2164億円)。NPRによると、この金額は、公共交通機関に対する投資としては世界で最も巨額だという。
「地下鉄は、リヤドに住む人たちの生活の質を高める」とプロジェクトの統括者イブラヒム・アル・スルタン氏は強調する。その言葉通り、このプロジェクトには、交通の便が単純に良くなること以外に“隠れた3つのメリット”がある。
それは、第一に自立的な生活をサウジアラビアの女性にもたらすこと、第二に低所得者層の生活を改善できること、第三に石油収入を今後も確保することだ。
■「ファミリークラス」導入、女性配慮も
自由な移動が制限されるサウジアラビア女性にとって、地下鉄は、自立した生活を実現できる救世主になるかもしれない。
リヤドの女子大生アラ・ハッサンさんは「私は必ず、地下鉄を使う。車を運転できない女性にとって、地下鉄の利用は1つの解決策(自由に移動できる手段)になるから」と大きな期待を寄せる。
サウジアラビアの主要な移動手段は車だ。ところが女性は車の運転を禁止されている。移動する場合は、運転手を雇うか、タクシーを利用するか、男性の家族に連れて行ってもらわなければならない。
実は、サウジアラビアには女性の運転を禁じる法律はなく、宗教団体が「事実上の禁止」に追い込んだといわれる。しかしこの“慣習”によって女性は自由に仕事に行けないのが現状だ。これは、働く女性が増えるサウジアラビアでは大きな足かせとなっている。
難しいのは、地下鉄を敷設しただけで、問題が解決するわけではないこと。サウジアラビアでは、生活のあらゆる場面で男性と女性は別々に扱われるが、これは言い換えれば、女性は、車内で、家族以外の異性と接触できないことを意味する。
こうした事情に配慮してこのプロジェクトでは、女性客のために、女性とその家族が乗る特別車両「ファミリークラス」を導入する。ファミリークラスは、インドのニューデリーやエジプトのカイロ、中国の上海、東京でいう「女性専用車」に似ている。
■通学代5万円の大学生も、節約に期待
低所得者層にとって地下鉄は大きな節約手段にもなる。
アラ・ハッサンさんは「私は毎月2000サウジアラビア・リヤル(約5万3000円)を払い、マイクロバスに乗って大学に通っている。大学の近くに住むクラスメートも、1カ月に800~1000サウジアラビア・リヤル(2万1000~2万6000円)の交通費がかかっている。地下鉄ならもっと安くなるはず」と運賃の低さに期待する。
サウジアラビア政府も「低所得者層の生活を改善したい」との方針を掲げる。一方で、10年から続くアラブの春以来、中東諸国で起こったデモなどの反政府運動をかわすための方法にすぎないのでは、と指摘する専門家もいる。
また、サウジアラビア政府が地下鉄建設を決めた背景には、経済的な事情もある。モーダルシフトを進め、省エネを図りたい意向だ。
リヤドの現在の人口は570万人だが、2030年には840万人に達する見通し。このままでいけば、車のガソリン消費量は急増していく。政府にとってはガソリン消費量を減らしたいという狙いがある。
サウジアラビアでは目下、石油の採掘コストが増大している。多くの油田では、これまで以上に深く掘る必要があるためだ。石油の輸出量が将来減っていく可能性もあるなか、外貨収入の9割を石油に依存する同国の経済に大打撃を与えかねないとの懸念は小さくない。
地下鉄建設にはさらにもう1つ理由がある。石油価格の近年の上昇で、サウジアラビアには巨額の利益が入ってきたが、効果的な使い道がないのが現状。海外に投資したところで、低金利と世界不況で利益はほとんど見込めない。ならばこの資金で国内のインフラを整備したほうが得策との考えも政府にはあるようだ。サウジアラビア政府は実際、リヤドだけでなく、ジェッダやメッカにも地下鉄を建設する計画を立てている。(有松沙綾香)