原油流出でブラックビーチと化したサメット島、生物多様性の研究活動を呼び込むチャンス?

白い砂浜と水色の海が印象的なサメット島。原油事故のあった西側のビーチへは入場制限がかかっていて、入れなかった

「三宝節」「安居入り」(僧侶としての修業が始まる日)、「王妃誕生日」といったタイの連休を利用して、私は、バンコクからバスで4~5時間のところにあるサメット島を訪れた。観光客にも人気のこの島は全体が国立公園に指定されている。ところが7月末、パイプラインから原油が流出し、サメット島の海岸に原油が漂着。タイ軍部隊が除去作業にあたっているが、白砂で有名なビーチは黒く染まっている。

宿泊先のホテルからふらりと散歩に出かけた朝、メインストリートから外れ、地元の漁師らで賑わう小道へ入り込んだ。そこでたまたま、英語を流暢に話すウェットスーツを着たタイ人の男性と出会った。日によく焼けた肌がいかにも海の男らしい。

話を聞いてみると、彼は見た目通り、スキューバダイビングのインストラクターだった。モンさんという。

実は、私はサメット島に来る前、ダイビングライセンスを取得したいと考えていた。原油流出事故で、ダイビングスクールがどんな被害に遭ったのかを尋ねてみると、モンさんは「島で一番人気の西側のビーチから、東側、しかも辺ぴな観光色ゼロの漁業区域で、ダイビングレッスンをすることになってしまった」と私に話した。

観光客向けのスキューバダイビングのレッスンで生計を立てているモンさん。想像するに、収入は激減しているはず。にもかかわらず、「事故からの復興作業に積極的に汗を流しているんだ」と私に説明する。

モンさんは実際、私に、事故当時に保護したタイ特有のサメやサンゴの子どもを飼育するいけすを見せてくれた。彼が所属するタイダイビング協会は事故後、海洋学科のある地元の大学と連携し、生物多様性の研究活動を始めたという。原油まみれになった生物は、いけすで一定期間保護した後、海へ戻し、原油事故の長期的な影響を調べる。

2004年のスマトラ島沖地震による津波(サメット島まで津波は押し寄せなかったが、タイの一部は被害を受けた)から、収まらないタクシン派のデモ、これに追い打ちをかける今回の原油流出事故――。モンさんは、脆弱な観光業で成り立つタイの小島も、今回の事故を機に、生物多様性についての調査・研究活動を呼び込み、そこから島の自然を保護すると同時に新たな収入源を作り出すことも可能ではないか、と強い期待を語った。

「下を向いているばかりではなく、これはチャンス」。モンさんの島を愛する心と復興への強い意志は、「臥薪嘗胆」という言葉を私に連想させるばかりでなく、長崎の五島育ちの私に、なつかしい愛島心を思い出させてくれた。(バンコク=佐野藍沙)