世界遺産アンコールワットを擁するカンボジア随一の観光都市シェムリアップで、日本人から絶大な人気を集める観光ガイドがいる。カンボジア・アンコール日本語ガイド協会会長のモム・ソティさん(39)だ。ガイド歴18年のベテランは「日本語を話せるガイドはほかにもいる。けれど日本人を理解しているガイドはなかなかいない」と人気の秘訣を自ら語る。アンコールワットを訪れる日本人観光客が減ったといわれるなか、日本語ガイドにとっていかに生き残っていけるかは生活がかかった問題だ。
■時間に細かい日本人!
モム・ソティさんは、日本人をガイドするうえで気をつけていることが2つある。
1つは、日本人の意をくんで話しかけることだ。「日本人は思っていることを言わずに我慢する。例えば、バスのエアコンが効きすぎて寒いと感じた場合、日本人以外のお客さんは寒いと言う。けれど、日本人のお客さんは言わない。別に言えばいいんですけど、言わない。きっと遠慮しているのでしょうね」。モム・ソティさんはこのため、「バスのエアコンは寒くないですか」と自分から尋ねるよう心がけている。
日本人の思っていることを言わずに我慢する性質に気づかされたきっかけは、自分がアテンドしたツアーに参加した日本人が提出した1枚のアンケートだった。そこにはこう書かれていた。「バスのエアコンが効きすぎて寒かった」
日本人観光客はまた、ガイドの説明を聞き逃しても、もう一度説明してくださいとは言わない。ガイドは同じ観光地に何度も足を運び、同じ説明を繰り返している。このために早口になりがちだ。モム・ソティさんは、意識的にゆっくり話すと言う。
2つめは、スケジュールを細かく伝えることだ。
日本人の観光客は計画的に行動する。例えばトイレ休憩の時。「日本人以外のお客さんだと、私は、何分までにバスに戻ってきてください、とは言わない。でも日本人のお客さんの場合、休憩は『何分までですか』と必ず聞かれる。日本人のお客さんは、15分だったら、最初はトイレに行き、そしてたばこを吸って‥‥と計算するのですね。もし時間を言わないと、多くの人はすぐにバスに帰ってくる。戻りが遅い人がいると、待っている人がイライラし始めちゃいます」
これ以外にも日本人は時間に細かい。ホテルからアンコールトムまで何分かかるのか、アンコールトムを観光できる時間はどのくらいか、昼食は何分から何分までか‥‥。モム・ソティさんは、日本人向けに特別細かい予定表を作るという。
■ガイドで生活が豊かに
モム・ソティさんが日本語の観光ガイドになったのは1999年のこと。当時21歳だった。
きっかけは、故郷のバッタンバンで1997年に無料の日本語学校が開校し、通い始めたことだ。その学校で学べば月に30ドル(現在のレートで約3500円)の生活費が支給された。自炊して節約すれば少し余る金額だった。
モム・ソティさんはそこで貯めたお金をもとに、1999年にシュムリアップへと移り住んだ。同時に日本語ガイドの仕事を始めた。初めはさほど興味はなかったが、やればやるほどガイドの仕事が好きになった。仲良くなった日本人観光客と別れ際、泣いてしまうこともあった。
モム・ソティさんは2016年、日本語ガイドの「全国ライセンス」を取得した。カンボジアではこの年、観光ガイドの資格として「地域限定で観光客を案内できるもの」と「カンボジア全国を案内できるもの」の2種類ができた。全国ライセンスをもつ日本語ガイドは現在、モム・ソティさんを含めてわずか4人。モム・ソティさんは一期生だ。
全国ライセンスをとるために、週末は9カ月間、カンボジアの観光省が開催するセミナーに参加した。テスト内容は、クメール語での歴史のテスト(3時間)日本語での論文(3時間)に加えて、日本語での面接だ。
モム・ソティさんはいま、シェムリアップにとどまらず、プノンペンで観光ガイドの仕事をするようになった。プノンペンでのガイドの収入は、シュムリアップ時代のおよそ2倍。日本人観光客を専門とするガイドとして、これからはもっと活躍の幅を広げていきたいと意気込む。