フィリピン・ネグロス島で貧農を支援するNPO法人APLAの大橋成子氏は8月24日、都内のアジア文化会館で開かれた「アジアNGOリーダー塾」(主催:NPO法人アジア・コミュニティー・センター21)で講演した。このなかで「植民地支配の影響から、ネグロスはいまも、農地の6割をサトウキビのプランテーションが占めるモノカルチャー(単一栽培)の島。プランテーションで働く土地なし農民は、貧困からなかなか抜け出せない」と述べた。
■砂糖価格の下落で飢餓がまん延
ネグロス島は1800年代半ば、旧宗主国スペインの政策で「砂糖の島」になった歴史をもつ。欧州では当時、砂糖が需要の高い商品だったことから、アジアやアフリカ、中南米などの植民地でサトウキビプランテーションを開拓していった。フィリピンで白羽の矢が立ったのは、人口が少ないネグロス島だった。
スペインからの入植者は、土地を占有し、プランテーションを造営。その労働者として地元の農民を酷使してきた。ネグロス島ではいまも、人口の3%(スペイン系の地主など)が島の面積の7割近くを所有するという。
大橋氏は「大地主に雇われる労働者は土地なし農民だ。安い賃金で、過酷な労働を強いられる。サトウキビはささくれ立っているので、けがをして、破傷風を発症させることもある」と語る。
だが過酷なのは労働環境だけではない。砂糖の国際価格は乱高下するため、高値をキープしている間はともかく、下がるたびに、労働者らは飢えに直面してきた。この構図は現在も続いており、人工甘味料が登場した1980年代に砂糖価格が下落したとき、ネグロスは飢餓に見舞われた。
「利益が出ないとなれば、地主は生産を停止する。労働者は仕事を失い、その家族は飢餓に苦しむ。低賃金で働かざるを得ない労働者は蓄えもない。子どもから餓えていったのを目の当たりにした」と大橋氏は当時の状況を振り返った。
■フェアトレードが救世主に
貧困を引き起こし、定着させるモノカルチャー。大橋氏は「農民を自立させ、砂糖のみに頼る経済を変える支援が必要だ」と主張する。プランテーション労働者も「私たちに必要なのは食べ物ではない。私たちが農地を持て、農業をできるようになることが重要だ」と訴えてきたという。
解決策のひとつが、公正な価格で商品を買い取る「フェアトレード」だ。生活協同組合や産直団体、市民団体が設立したオルター・トレード・ジャパン(ATJ)はまず、「マスコバド糖」と呼ばれる黒砂糖をネグロス島から日本へ輸入し始めた。マスコバド糖の原料となるサトウキビを栽培するのは、農地改革で土地を得た農民。プランテーションのかつての労働者たちだ。
だがなぜまた砂糖なのか。大橋氏は「マスコバド糖は、ネグロスの伝統的な製法で作られている。この黒砂糖を復活させ、島のフェアトレードのシンボルにしようと考えた。白砂糖が植民地支配の象徴とすれば、真逆となるからだ」と説明する。
マスコバド糖に続いたのが、ネグロス島に元からあったバランゴンバナナ。このバナナはプランテーションではなく、農民らが山間部で手軽に栽培できた。ATJがそれを日本で輸入販売した。
1980年代の日本では、フィリピン・ミンダナオ島のプランテーションから入っているバナナの農薬が問題視されていた。そこで生活協同組合の提案もあり、有機栽培のバランゴンバナナを扱いたいという需要サイドのニーズとも合致した。
取引方法は、市場の動向に影響されないよう1本の値段をあらかじめ決めた。農民の生活は以前に比べて安定したという。「構造的な格差、慢性的な飢餓はまだ残っているが、飢餓でおなかが膨らんでいる子どもはいなくなった」と大橋氏は胸を張る。
■東ティモールに南南協力も
APLAはいま、ネグロス島での成功を他の場所にも広めようと動き始めた。ターゲットは東ティモールだ。
ポルトガルに400年以上にわたって支配された東ティモールは、コーヒーに依存するモノカルチャー経済。大橋氏は「東ティモールではコーヒーのフェアトレードをしながら、コーヒーのみに頼らない経済を作っていく必要がある」と話す。
手始めに、ネグロス島と東ティモールの農民同士の交流を支援している。これは、草の根レベルの南南協力(途上国が他の途上国を助けること)の一環で、フェアトレードの仕組みなどネグロス島の成功例を東ティモールに移転することを目指す。(渡辺美乃里)