文化遺産国際協力コンソーシアムは7月24日、外部公開の研究会「危機に瀕する楽園の遺産―ミクロネシア連邦ナンマトル遺跡を中心に―」を都内で開いた。ナンマトル遺跡は大洋州最大の巨石遺跡。2016年7月にユネスコの世界遺産に登録されたが、「地元の人の90%はナンマトル遺跡が世界遺産になったことを知らないのではないか。沖ノ島の世界遺産登録がトップニュースになった日本とは大きく異なる」と、登録のための推薦書の作成にかかわった長岡拓也NPO法人パシフィカ・ルネサンス代表理事は憂慮する。
ミクロネシア連邦ポンペイ島にあるナンマトル遺跡は、実は世界遺産になったのと同時に、「危機遺産」にも登録された。危機遺産とは、世界遺産のうち、災害や紛争、過度な開発などが原因で、価値を損なう恐れのあるもの。ナンマトル遺跡の場合、高波の影響、植物の過成長などの自然環境要因、遺跡の管理体制の不備が改善すべき課題だとされた。
危機遺産からの脱却を支援するため、長岡氏や、ナンマトル遺跡を2011年から調査してきた関西外国語大学国際文化研究所の片岡修氏らのチームはかねて、ミクロネシア人に遺跡の大切さや島の歴史を理解してもらう目的で、学校の副読本を作ることを検討してきた。片岡氏は「ポンペイ島で遺跡に関心があるのは、政府関係者、ナンマルキ(伝統的な首長)、遺跡のそばに住む人たちだけ。副読本を使って、子どもの時から島の歴史と遺跡の大切さを学び、島の人みんなに『自分たちの遺跡』という意識をもってもらいたい」と話す。
ナンマトル遺跡の管理体制のまずさも、子どもたちへの教育で解決できる可能性がある。長岡氏は「地元出身の文化財専門家はほとんどいない。これに加えて、住民参加のしくみがないことが大きな問題だ」と言う。副読本を作れば、子どもたちが遺跡に関心をもち、「文化財の専門家の育成につながる」(片岡氏)との期待も大きい。
ナンマトル遺跡への関心を多くの人が深めれば、住民らが保護活動を主導していくことも考えられる。研究会では一般参加者のひとりが「ナンマトル遺跡に近づくと祟りがあるという噂がある。本当なのか」と質問したが、片岡氏は「祟りがあると信じる住民もいる。発掘現場で事故が起きると大騒ぎになることもある。しかしほとんどの住民は、遺跡に対して『聖なる場所』と畏敬の念をもつ」と答えた。長岡氏も「遺跡保護に反対する住民はいない。ただ遺跡のことをよく知らないだけ」と同調する。
ナンマトル遺跡は玄武岩で作られた約100の人工島が集まった遺跡。シャウテレウル王朝が約1000年前から500年ほどかけて建設したとされる。王宮・神殿・王墓・居住域からなる複合的な都市遺跡で、それぞれの人工島の名前や用途(たとえば、首長の埋葬施設など)は現在まで口承で伝えられている。