「カンボジア人のやる気に火を付ける。それが僕の国際協力」、学びのファシリテーター中村健司さんが密かな人気に!

カンボジア人マネージャーを対象に中村健司さん(中央右)が開いたワークショップ

カンボジア・シェムリアップを拠点に、学ぶ力を引き出すファシリテーターを仕事にする日本人がいる。中村健司さん(40歳)だ。「人を育てることがカンボジアの貧困問題の解決につながる。これが僕なりの国際協力」と言い切る中村さんが提供するワークショップがいま、カンボジアを中心に東南アジアで人気を集めつつある。

■カンボジア歴19年、39歳で人生激変

中村さんは一風変わった経歴の持ち主だ。

大学生だった1998年、バックパッカーとして初めて訪れたカンボジアに魅了された。カンボジアに通い詰め、地雷撤去のNGOでのボランティアや寺子屋の立ち上げを経験。卒業後は、“国際協力のプロ”を目指し、関西大学大学院と英国のハル大学で2つの修士号(人権、国際政治経済)を取得した。ここまではいわゆる“エリート街道まっしぐら”だった。

だが中村さんは国連や国際協力機構(JICA)に就職しなかった。実家が営む電気屋で3年修行。2008年にはカンボジア料理店「すろまい」を大阪・高槻にオープンする。14年に閉じてからはシェムリアップに移り住み、地鶏や無農薬野菜など食材にこだわるカンボジア料理店「コーンクマエ」を1年間、16年2月まで経営した。

「金銭的にも、精神的にもずっと苦しかった。僕はずっと、国際協力の仕事で稼ぐことを夢見て、留学もした。けれどもうまくいかなかった。途中で諦めるのも嫌だった」。中村さんはつい1年前までの心境をこう語る。

そんな中村さんが一気にブレイクしたのは、学習ファシリテーターの仕事を1年前に本格的に始めてからだ。39歳の遅咲き。「人生って楽しいな、とこの年でやっと思えるようになった」

転機となったのは16年11月。スーパーマーケットや電気屋、レストランなどをシェムリアップで展開する地元企業グループ「トライアングル」のスーパーバイザーやマネージャーを対象にした、リーダーシップを学ぶワークショップを2日間任されたことだ。中村さんは、セルフマネジメント、チーム作り、計画の立て方をテーマに選び、2日間、全力投球した。

ワークショップが終わった後、ちょっとした事件が起きた。トライアングルのオーナーが驚いた表情で中村さんに近寄ってきた。「いったい何をしたんだ? 社員が次から次に、こんなことを学びました、と私のところに嬉しそうに報告にくる。これまで何度もワークショップをやってきたが、こんなことは初めてだ」

このとき中村さんは確信した。「いける。学習ファシリテーターとして飯を食っていこう」

■「それそれ! 僕、教えてないよ」

中村さんのワークショップはなぜ、これほどまでにウケたのか。成功の秘訣は「ていねいな設計」と「細かい気配り」にあった。

ワークショップをやる前に中村さんは必ず、参加する人たちとひざを突き合わせて話し込む。ヒアリングといった堅苦しい形式ではない。世間話から発展させ、彼らが抱える課題を見つけていく。それをベースにワークショップのテーマを決め、組み立てる。ワークショップの前に、参加者の名前ももちろん全員憶える。

「僕が強く意識するのは、“先生”にならないこと。先生・参加者の関係になってしまうと、参加者は発言しにくくなってしまう。参加者の懐にいかに入れるかが大事。それが学びを促すことにつながる」

中村さんのワークショップは、アイスブレイクにたっぷり時間をかけるのも特徴だ。最低でも20~30分。プログラムが丸1日の場合、朝一番でアイスブレイクをやって、昼食の後もまた「学びのモード」に入るように“アイスブレイクのようなもの”をやるという。リラックスさせたほうが効果的に学べると考えるからだ。

グループワークも重視する。グループで教え合う方が効率が良いというのが持論。中村さんはカンボジア語が十分話せないため、ワークショップは英語で進める。それをカンボジア人の通訳がカンボジア語に変えて説明する。ただカンボジア人の中には英語がわかる人もいる。そういう人は英語とカンボジア語で2度、説明を聞くため、理解が深まる。同じグループのなかでわかっていなさそうなメンバーに教えることで、グループが学びの輪となる。

参加者が意見を言ったら拍手をするのもルールだ。参加者は何を言ってもOK。中村さんが質問を投げかけると、「8割は的を得た答えを出してくる」。良い答えには「それそれ! 僕、教えてないよ。学ぶ力、ないと言える?」と相手を乗せる。逆に、参加者の意見がちょっとずれていると思ったら、「なるほどね。でもどうだろう」と問いかけ、「間違っていたかも」と正すという。

■ワークショップ効果、売り上げ1.5倍に!

驚くのは、中村さんがワークショップをすると、成果がすぐに数字に表れることだ。

シェムリアップにある本屋は5月、本、文房具、おもちゃなどの陳列の仕方を変えることにした。中村さんはまず店員たちと仲良くなって、信頼関係を築いた後、店内で簡単なワークショップをやった。

「お客さんが楽しく買い物をするにはどうすればいいと思う?」。中村さんは店員たちに問いかける。さまざまな答えが返ってくる。

さらに質問を続ける。

「店の外から見ると、どこが視界に入る?」

「どんな人が買っていく?」

「子ども? この棚に手が届く?」

中村さんは絶対に、こうすればいいよ、とは言わない。時間をかけて、相手に考えてもらうことに強くこだわる。

ワークショップが終わって、店員たちが自らのアイデアで商品を並べ替えた。中村さんは「見て! お客さんが楽しそうに買い物しているよ。めっちゃ楽しそう。これが仕事やで」と店員に声をかける。褒められた店員は嬉しそう。さりげなく仕事の意味を伝えるのが中村流だ。

この本屋の売り上げは翌6月、前年同月と比べて35%も伸びた。7月にいたっては50%のアップだった。「カンボジア経済は右上がりだから成果が出やすい」と中村さんは謙遜するが、近年の国内総生産(GDP)成長率である7%を差し引いても増収をもたらしたのは間違いない。

■カンボジアの「労働者スキル」、ワースト10

中村さんは学習ファシリテーターという天職に出合うまで、NGOでボランティアをしたり、大学院で研究したり、レストランを経営したりといった3つの異なる経験を積んできた。

中村さんいわく「うまくいかず、もがいてきた経験」がすべてプラスに作用し、結晶になったのが学習ファシリテーターの仕事。NGOで培った現場感覚、大学院で鍛えられたリサーチ力、プログラムを体系化する力、考える力。またレストランを7年経営してきたからこそ、人材育成で悩む経営者の気持ちが痛いほどわかる。

カンボジア社会は拝金主義といわれる。だがスタッフと一緒に成長したいと本気で考える経営者もいる。「ワークショップで、スタッフの学ぶ力を引き出すことができれば、志が高い経営者の役にも立てる。すべての人が学ぶ力をもっていると僕は信じている」と言う。

カンボジア人と日々接するなかで中村さんには思うところがある。それは、ポル・ポト派による大虐殺(1975~79年に数百万人が犠牲になったとされる)で教育がゼロになった影響が強いことだ。

世界経済フォーラム(WEF)の「世界競争力レポート(2016-2017)」によると、カンボジアの競争力は138カ国のなかで89位だ。ただ「現在の労働者スキル」に限れば126位(日本は19位)と、この項目の調査対象135カ国のなかでワースト10位に落ちる。近隣国と比べても、フィリピンの57位、タイの83位、ベトナムの95位、ラオスの114位から水をあけられている。カンボジアに続くのは、ネパール(127位)、シエラレオネ(128位)、マラウイ(129位)、バングラデシュ(130位)、エチオピア(131位)などの最貧国だ。

カンボジア人のスキルを上げ、成果を出すのは容易ではないはず。それでも中村さんは挑戦を続ける。

シェムリアップの本屋では次のステップとして、カスタマーサービスの向上に取り組む予定だ。カンボジアの店員の多くは「こんにちは」「ありがとう」といったあいさつをしない。良いカスタマーサービスを受けた経験がないから、本屋の店員もどうしていいのかわからないのだろう。ならば体験してもらおう、という計画を本屋のオーナーと進めている。

中村さんはこの本屋と1カ月十数万円の報酬をもらうコンサル契約を結ぶ。「何でもやる。もらうお金の3倍の価値を提供するのがモットー。僕自身もまだまだ、カンボジアのビジネスを学びたい」と意欲満々だ。

■フィリピンに進出、グラミン銀行でも!

中村さんがファシリテーターを務めるワークショップの効果が評判を呼び、最近はカンボジア国外からも声がかかるようになった。この7月にはフィリピン・マニラに飛んだ。

依頼があったのは、グラミン銀行のマニラ支部(グラミン・オーストラリア・フィリピン)。貸付担当のスタッフ(ローンオフィサー)を対象にPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルの回し方を学ぶワークショップを担当した。慣れ親しんだカンボジアではなく、初めて行ったフィリピンだったが、結果は大成功。「国は関係ない。どこでもできる」。スタッフたちからは今後も一緒に働いてほしいと懇願された。

カンボジアとフィリピンだけではない。中村さんはいまや、タイ、西アフリカのトーゴとニジェールからも、学びのワークショップをやってくれないか、と引く手あまた。宣伝していないのに、評判は口コミで広がっていく。

「僕はこの1年間、カンボジア若手起業家協会など、さまざまな団体でワークショップを無料で提供してきた。いいなと思ってもらえれば、相談を安く受けたり。その“種まき”がいまにつながっている」

とはいえ、ワークショップに限界があることは中村さんも自覚している。1回やっただけで成果を継続して出すのは不可能だ。だからなるべく現場に一緒に入ってかかわりたい、と言う。「そのためには顧客の売り上げをアップさせないといけない。そうしたら僕に払うお金も確保できるし、僕ももっと深くかかわって、もっと貢献できるようになる」

ちなみに中村さんのワークショップの料金は、企業向けで丸1日のプログラムの場合10万円ぐらいから。「1回のワークショップで満足度を上げるのは簡単。楽しければいいので。でもそれをやってはいけない。自分に学ぶ力があることを実感させ、成果を出してもらうことを目指す」。中村さんはこう肝に銘じている。

■カンボジア語で啓発本、教育=外国語ではない

中村さんの次なる目標は、カンボジア語で啓発本を出すことだ。タイトルは「仕事で成長するための78の法則」。「社会にこれから出る人・出たばかりの人向け」を手始めに、「マネージャー向け」「企業のオーナー向け」とシリーズで出版していく計画だ。内容は、中村さんのワークショップに参加したカンボジア人たちがどう変わっていったのかをまとめる。学び方と学びの効果をより多くの人に伝えたいという。

本は、中村さんが日本語で書き、それを日本語が堪能なカンボジアの若者たちがカンボジア語に訳す。一冊目は早ければ年内にシェムリアップや首都プノンペンの書店に並ぶ予定だ。

カンボジアでは「教育=外国語を勉強する」という風潮が強い。だが考える力で必要なのは母国語だ。「本当に大事なのは教育の質。これをわかってもらいたい。本の収益はすべて、支援が入りにくい中等・高等教育への援助に回す」

四十路を迎えて一気に羽ばたいた中村さん。最終的なゴールは、カンボジアを中心とする東南アジアで、周りの人の良いところを引き出せるリーダーを増やすことだ。リーダーといっても、ぐいぐい引っ張る組織のなかのリーダーではない。

「主体性をもって自分で動ける人、これが僕の言うリーダー。こんな人が増えれば、組織は活性化し、国が発展する土台になる。僕にとっての国際協力はこれ。国際協力のやり方は無限にある。僕は時間がかかったけれど、いまの若者には、思い込みを外して、自分なりの国際協力を見つけてほしい」と中村さんはエールを送る。

カンボジア・オリンピック委員会主催のセミナー開会式で。前列左から2人目が中村さん。ここでもワークショップをやった

カンボジア・オリンピック委員会主催のセミナー開会式で。前列左から2人目が中村さん。ここでもワークショップをやった