「ネタ探し」でヤンゴンに居つく、映画「一杯のモヒンガー」脚本の平田悠子さん

短編映画「一杯のモヒンガー」の脚本を書いた平田悠子さん

ミャンマー・ヤンゴンで話題となっている短編映画がある。9月6日から11日にヤンゴンで開催されるワッタン映画祭にノミネートされた短編映画「一杯のモヒンガー」だ。ヤンゴン在住の若手脚本家、平田悠子さん(35)を中心にヤンゴン在住の日本人メディア関係者や、ミャンマーの若手映画関係者が集まって作った料理コメディだ。監督を務めたヤンゴン在住ジャーナリストの北角裕樹が、平田氏にミャンマー映画への思いを聞いた。

■脚本を書くため佐渡島からヤンゴンへ

――平田さんとはこの間、ずっと一緒に映画を作ってきたのですが、きちんと今までの話を聞いたことはなかったですね。映画の話の前にまず、どうして平田さんがヤンゴンに流れ着いたのか教えてください。

「そうですね。まず、私は高校時代に演劇部で全国大会に出場したことをきっかけに、映画監督を目指しました。親せきがラーメン店をやっていたパリに留学し、パリ第8大学で映画を学び、大学院にも進学しました。その後帰国して、日本でドラマや映画の助監督をしていたのです。そうするうちに、監督の仕事が意外とアーティスティックではなく、むしろ脚本こそクリエイティブな仕事ができ、映画の根幹であるということに気づいたのです。そして脚本家になろうと決意しました。

そこから、田舎にこもって脚本の執筆に入ろうと、助監督の契約が終わってすぐ、知人がいた佐渡島に移住しました。1年半ほど佐渡島で脚本の執筆と、映画イベントの開催などをしていました。佐渡島では、コメ作りやわら細工づくりなどの日本の田舎の生活を目の当たりにして、フランスよりもカルチャーショックを受けました。ただ、生活が面白すぎて、居心地が良いため、脚本を執筆するような環境ではありませんでした。ただ、東京にあまり魅力を感じなかっため、アジアのどこかに住もうと考えていた時、高校の演劇部の先輩がヤンゴンでラテン料理屋をしていることを思い出しました。そこで先輩を頼ってヤンゴンに来たのです。ヤンゴンでは、ネタ探しと執筆をしていました。思い立った時はミャンマーについてほとんど知らず『スーチーさん』くらいしか思いつくものがありませんでした」

――はじめは1年の予定で来ていたと聞きました。さて、その1年が迫った今年の4月ごろから、話が急展開しますね。

「それは監督(北角)の『撮ろうよ』という一言のせいですよね。それ以前も『ヤンゴンで映像の仕事をしないか』と声をかけられてはいたのですが、脚本を書こうと思っていたので、断っていたのです。監督の誘いに乗ったのは、たぶん、ワッタン映画祭という具体的な目標があったからだと思います。また、何か本当に実現できそうな気がしたというのもあります。

ミャンマー映画をヤンゴンで観た時、正直『羨ましい』と思いました。例えばコメディでは、おかまさんが登場してコミカルな演技や、歯が抜けるなどのベタなシーンなどストレートな笑いが満載です。変に格好つけず、身近な娯楽なのだと感じました。私も、ミャンマー人向けの映画を作りたいと思っていたのです」

■言葉や意識の壁にぶつかるコメディ脚本

――ワッタン映画祭の締め切りまでは、すでに3カ月を切っていました。平田さんは脚本兼助監督という役回りでしたが、ほとんどの実務を一手に取り仕切っていた感じでしたね。

「4月中旬の水祭りの前に撮ると決め、水祭り中に脚本を執筆しました。北角監督やプロデューサーの新町智哉さんと6時間にも及ぶミーティングを繰り返して、脚本を練りました。難しかったのは、ミャンマー語に訳す段階で、良い表現が存在しなかったり、ギャグが成立しなかったりしたことです。翻訳は、共同監督のアウントゥレインさんが主に担当したのですが、例えば主人公が『勝負だ!』と叫んで気合を入れるシーンがあったのですが、何度議論してもミャンマー語にはできないと。そこで、このセリフは泣く泣くカットしました。そういう表現がいまのミャンマー語にはなかったのですね。今後、いろんな表現が増えてくるのではないかと思うのですが。また、ミャンマー人の観点からみると、意味が分からないギャグなどもあって、そこはミャンマー人スタッフと議論してシーンを入れ替えました」

その後も、ロケ前日までロケ地が決まらなかったり、役者がある日突然髪の毛を染めたりとトラブル続きの撮影でしたね。主人公は全くの新人のネイウーラインくんですが、芝居を教えるとすぐに吸収し、みるみるうちに演技がうまくなっていきました。ほかのミャンマーのスタッフも、この撮影を通して大きく成長してくれたのではないかと思います。ミャンマーの人と映画を作れたことはとても楽しかったです」

■ミャンマー人とミャンマー映画を盛り上げたい

――さて、ワッタン映画祭の結果はまだわかりませんが、今後の活動についてどうお考えですか。

「そうですね。やっと一本撮り終えて、映画祭はまだなのに、不思議なことに次回作に関心が移っているのです。もともと私はコメディはあまり書いてこなかったのですが、『一杯のモヒンガー』でコメディを作ってみると、もっとミャンマー人を笑わせたい、という思いが強くなりました。『くっだらないことを大真面目にやる』というのが好きですので、今後もそういった作品を作っていきたいと思っています。まだミャンマーの映画は未熟なところもあるので、今後コメディも発展していくはずです。今後もヤンゴンで活動し、ミャンマー人も日本人も笑えるような作品を、ミャンマー語で作っていきたいと思います。ミャンマー人と一緒に、ミャンマー映画を盛り上げたいと思っています」

「一杯のモヒンガー」のワンシーン。モヒンガーとは、ミャンマーを代表する麺料理。ナマズなどの魚でダシをとったスープが特徴

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