「ファラオの至宝をまもる2017」と題するシンポジウムを、国際協力機構(JICA)と日本国際協力センター(JICE)、東京芸術大学が都内で開催した。エジプト政府は2012年からギザの三大ピラミッドの近郊で「大エジプト博物館」の建設を進めているが、収蔵物を保存修復する人材の育成をサポートするのが日本の政府開発援助(ODA)。文化財を守る意義についてJICA社会基盤・平和構築部の峰直樹氏は「(観光資源の保全は)貧困削減につながる」と説明する。
■テロの予防になる!
峰氏によると、JICAがエジプトの文化遺産を保護する理由は2つある。
1つは、文化遺産の保護が海外の観光客を呼び込み、その結果、国内の雇用が増えることだ。エジプトでは15~29歳の若者の失業率が26.1%(2015年、日本は6.5%)と高い。仕事に就けて貧困が削減できれば、イスラム国(IS)などのテロ組織に走る若者も減ると峰氏は言う。
もう1つは、全世界が取り組む「持続可能な開発目標(SDGs)」のゴール11である「住み続けられるまちづくりを」の中の指標に「文化遺産保護」が含まれているからだ。
JICAは2016年11月に、「大エジプト博物館合同保存修復プロジェクト」を開始した。このプロジェクトでは、ツタンカーメン王の儀式用の戦車、手袋、イニ・スネフェル・イシェテフのマスタバ墓の壁画を含む遺物10点を日本人と大エジプト博物館保存修復センターのエジプト人スタッフが共同で修復しながら技術を移転。その後で61点の遺物をエジプト人が主体となって、日本人の助言を得ながら修復する。
ちなみにシンポジウムが開催された11月4日は、ハワード・カーターのツタンカーメン王墓発見(1922年11月4日)からちょうど95周年だった。
■一緒に修復して信頼築く
合同保存修復プロジェクトの前段階として、JICAが2008年に立ち上げたのが、大エジプト博物館の人材育成プロジェクトだ。目的は文化財の保存技術をもつ専門家を増やすこと。エジプトには一流の専門家はいるが、数が少ないという問題があった。
大エジプト博物館が新しく雇った“文化財の専門家たち”は、考古学や保存修復を大学で学び、卒業したばかり。知識はあるものの、実務経験がない。また染織品や壁画など特殊な文化財の直し方は勉強していなかった。
人材育成プロジェクトでは「文化財を外国人に触れさせたくない」(大エジプト博物館合同保存修復プロジェクトの中村三樹男総括)という要請がエジプト側からあったため、エジプト人スタッフに技術を伝えることに力を注いだ。2008~16年の8年間で100回以上の研修を提供し、参加者は2250人。8年間で信頼関係を築き、日本人が文化財に触れることへの抵抗も少なくなったことが、今回の大エジプト博物館合同保存修復プロジェクトにつながった。
大エジプト博物館合同保存修復プロジェクトは2016年11月から3年計画でスタートし、現在は1年目が終わったところだ。このプロジェクトで木製品の修復にかかわった一般社団法人木文研の岡田靖代表理事も、プロジェクトで得た一番の成果は信頼関係だと語る。「プロジェクトを始めたばかりのころは大エジプト博物館の人たちは反抗的で、『そんなことは知っている』と言われたりしたが、一緒に修復しているうちに信頼してもらえるようになった」
JICAは、都市開発・地域開発の一環として文化財保護を推し進めている。中米グアテマラのティカル国立公園文化遺産保存研究センター建設プロジェクト(2009~12年)では研究センターを建設し、顕微鏡などの文化財保存用の機材を供与した。東京芸術大学美術学部国際文化財修復プロジェクト室の桐野文良室長は「JICAが文化財のプロジェクトを手がけていることはあまり知られていない。もっと多くの人に知ってほしい」と話す。