コロンビアの先住民(インディヘナ)のアイデンティティが今、大きく揺れている。コロンビア北部のインディヘナ保護区(レスグアルド)「カルマタ・ルア」。ここでは、コロンビア政府から自治権が認められ、独自の言語・文化・法律をもつエンベラ・チャミ族が生活する。エンベラ・チャミ族の伝統文化を守るために日々奮闘する女性たちがいる一方で、伝統文化を手離し、“普通のコロンビア人”になりたいと考える若者が増えているのが実情だ。
「インディヘナの大切なアイデンティティを守りたい」。まっすぐな瞳でこう語るのはエンベラ・チャミ族のマリさん(41歳)。マリさんの祖父と父は、カルマタ・ルアの中でも有数のハイバナ(シャーマン)だった。カトリックの宣教師がカルマタ・ルアにやって来る前から、エンベラ・チャミ族はハイバナを中心とする伝統宗教を信仰していた。木や石などに精霊が宿ると考え、ハイバナがその精霊たちとコミュニーケションをとる。病院に行っても治らない病気を、ハイバナは植物の力を借りて治療する。
こうした伝統宗教を保護するためにマリさんがとった手段は「歌」だ。家族でバンドを結成し、賛美歌や、ハイバナをはじめ伝統文化をテーマに自ら作詞し、それを歌う。教会や隣町との文化交流に毎週足を運ぶ。スペイン語だけでなく、エンベラ・チャミ語でも歌を披露する。息子たちも作詞し、そのプロセスで 伝統文化を学ぶ。保護区以外に住む“普通のコロンビア人”にエンベラ・チャミ族の文化を知ってもらうことも狙いだ。マリさんの子守唄のような優しい歌声とギターのゆったりとした音色は多くの来訪者の心に響く。
伝統を守る手段は歌だけではない。衣装も重要な役割を果たす。カルマタ・ルアの約7割の人たちが信仰するカトリックの儀式に、エンベラ・チャミ族の伝統衣装を取り入れるようマリさんは働きかけてきた。特に力を入れるのはカトリックの5大儀式の1つであるプリメラコムニオン(初めての聖体拝領)だ。プリメラコムニオンとは、洗礼を受けた幼児が8歳前後になる時、キリストの体(聖体)を象徴する小さなパンを食べ、自分の意思でキリストの心と一体になる儀式だ。通常子どもたちは白いドレスを身につけるが、カルマタ・ルアではカラフルなエンベラ・チャミ族の衣装で儀式に臨む。
「かつてカトリックはエンベラ・チャミ族の宗教を弾圧していた。カトリックが私たちの宗教の価値を認め、融合するようになったことは嬉しい。幼いころから伝統宗教の尊さに触れる機会になる。実現までにすごく時間がかかったの」(マリさん)
だがカトリックに伝統文化を取り入れる動きに対し、エンベラ・チャミ族の若者から厳しい批判が相次いでいるのも事実だ。マリさんによると、カルマタ・ルアでは約7割の人たちが伝統文化に無関心だという。「若者は“普通のコロンビア人”としてのアイデンティティを手に入れたいと考えている」とマリさんは肩を落とす。
エンベラ・チャミ族の若者の間で特に不評なのが伝統衣装だ。デザインの特徴は、派手な赤色と子供から大人までワンパターンの模様が使われていること。
「インディヘナの伝統衣装は『貧乏』『古臭い』という印象を与える。だから若者から敬遠されているわ」とマリさんは話す。カルマタ・ルアでは実際、街中のコロンビア人と同じ洋服を身につける人が多い。最近行われたプリメラコムニオンではほぼ全員がエンベラ・チャミ族の衣装を着たが、「マリ、あなたのせいで子どもたちが古臭い衣装で儀式に参加しなければいけなくなった」と批判する人もいるという。
カルマタ・ルアではこのところ、エホバの証人やアドベンティストなどプロテスタントの信者も出てきた。伝統宗教を「黒魔術だ」と否定するエンベラ・チャミ族の若者も増えているという。「信仰の自由は認めたいけど、伝統宗教を侵害するのは許せない」とマリさんは憤る。
伝統文化を守るうえで、外国人を含む旅行者の存在も欠かせない。「旅行者が伝統衣装を身につけると、古臭いイメージがカッコ良く変わる。無関心なエンベラ・チャミ族の若者が自分の文化の価値を見直す機会を作りたい」とマリさんは意気込む。