アフリカにはトウモロコシが主食の地域が多い。だがトウモロコシは乾燥に弱く、干ばつが起こると収穫量が激減してしまうのが欠点だ。そこで東京農業大学の志和地弘信教授はヤムイモ(山芋、長芋などの総称)、キャッサバなどのイモ類に注目する。世界でも数少ないヤムイモ専門家の同教授は「アフリカには豊かなイモ食文化がある。イモ類は高温、乾燥など気候の変化に強い。干ばつのリスク対策にもってこいだ」と言う。
ヤムイモの96%はアフリカで生産
アフリカは、世界のなかでも多くのイモ類が栽培される地域だ。国連食糧農業機関の統計データベース(FAOSTAT)によると、2014年のアフリカのイモ類の生産量は、ヤムイモ6550万トン(全世界の96.1%)、調理用バナナ(食料としてはイモ類に分類される)2750万トン(同72.7%)、タロイモ(里芋類の総称)710万トン(同65.1%)、キャッサバ1億4680万トン(同54.3%)に上る。ところがトウモロコシは7820万トンで、世界全体に占める割合は7.5%しかない。
西アフリカや中部アフリカでは、イモ類から作る「フフ」が伝統的な主食だ。「フフ」はヤムイモやキャッサバ、調理用バナナを茹でて臼でつき、湯で練った餅のような食べ物。野菜や肉、魚のスープに浸して食べる。
西アフリカのナイジェリアでは、ヤムイモの収穫を祝う儀式があるという。儀式の日がくるまではヤムイモを勝手にとって食べてはいけない。ヤムイモはまた、結婚式で新郎から新婦への贈り物としても欠かせないもの。昔はヤムイモ畑の広さがその家の富を表していたといわれる。
イモ食がアフリカの伝統だとすれば、トウモロコシは、欧州に植民地化される過程でアフリカに入ってきた食べ物だ。収穫量が多く、調理の手間が少なく、味も良いため、アフリカ中に広まった。粉に加工して食べられるところも、アフリカの元々の食文化と合致した。
しかしトウモロコシは乾燥に弱い。干ばつが発生すれば収穫は激減してしまう。最近は、リスクを減らすため、トウモロコシとキャッサバを一緒に植えることを勧める地域もある。
ヤムイモ研究者は世界で22人
志和地教授によると、ヤムイモの研究者は、志和地教授自身を含めて世界でたったの22人。うち8人は日本人だ。それに対して、コメ(イネ)の研究者は日本だけで3000人以上いる。「イネやコムギは長年の品種改良と栽培技術で生産性が大幅に上がった。だがアフリカのイモ類はあまり研究されていない。この50年でも生産性はあまり変わっていない」と志和地教授は説明する。
イモ類は貿易で取引される商品ではない。日本以外の先進国では、ジャガイモ以外のイモ類を食べる文化もない。このため先進国にとっては研究投資のメリットがなかった。ところが約10年前ごろからコフィ・アナン元国連事務総長が代表を務めていた「アフリカ緑の革命のための同盟」(AGRA、2006年設立)は、食料不足対策として、イモ類やマメ類などの在来作物に着目し、研究への投資を始めた。AGRAにはビル&メリンダ・ゲイツ財団などが出資する。
AGRAが目指すのは、品種改良と栽培技術の開発を進めることでイモ類の生産性をアップさせ、アフリカの食料不足を解決させることだ。イモ類は、加工技術、貯蔵技術が発達していなかった時代には、長期の保存が難しかった。だが粉末化などの加工技術、冷蔵技術が発達したため、保存用の食料としても重要性が増している。
「先進国でヤムイモ(山芋、自然薯、長芋など)を食べる文化があるのは日本だけ。栽培や増産などの方法について研究してきた蓄積も日本にはある。日本人はヤムイモ研究で世界に貢献できる」と志和地教授は言う。