「自尊感情が高まれば、将来に希望がもてる。それが平和につながる」。こう語るのは、国際協力機構(JICA)の専門家として、スーダン西部のダルフール地方で平和構築プロジェクトに携わる田島賢侍さん(40)だ。田島さんは、ダルフールにある中小企業のオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)や女性や若者に対する職業訓練に自尊感情を高める指導法を取り入れ、ダルフールの平和構築に貢献する。
ダルフール地方は、2003年にスーダン政府軍と反政府軍の衝突による「ダルフール紛争」が起きた場所。これまでに約30万人が死亡し、約250万人が国内避難民になったとされる。
田島さんのミッションは、紛争被害者の自尊感情を伸ばし、紛争を未然に防ぐ積極的平和の基盤を作ることだ。「自尊感情とは、一言でいえば、自分には価値があると自分自身を肯定的に評価する気持ち。自尊感情が高まれば、より良い人間関係を構築できるようになり、前向きにも生きられる」と田島さんは話す。
■学び方はみんな違う
田島さんは自尊感情を高める指導法を各分野に取り入れる。そのひとつが、中小企業で働く徒弟(企業の見習いとして業務を通じて技術を学ぶ青年)を対象にしたOJTプログラムだ。彼らの多くは自動車整備や溶接業に従事している。
「自尊感情を高める指導方法をOJTプログラムに導入して、多くの徒弟がより効率的、効果的に技術を身につけられるようにする。『自分にはできることがある』と彼らに感じてもらうことが目的だ」(田島さん)
田島さんによると、ダルフールの中小企業のOJTで問題なのが、企業内に訓練計画がないこと、経営者らの指導が一方的なことだ。教えたら教えっぱなし。理解できたかを確認するといった学ぶ側に寄り添った指導や言葉がけも少なかった。その結果、徒弟は技術を身につけられず、仕事も長続きしない。経営者との関係もギクシャクしていた。
そこで田島さんが2016年から始めたのが、中小企業の経営者らに対する自尊感情を高める指導方法を取り入れたOJT手法を学ぶワークショップの開催だ。伝えたことは「学び方はみんな違う」ということ。
ただ口で説明するだけでなく、「見せる」「伝える」「実践する」「確認する」というさまざまなアプローチを駆使して徒弟の技術を伸ばすことをワークショップで指導した。参加者のひとりは「高い給料を払うのではなく、肯定的な言葉をかけることで、徒弟の勤務態度の改善につながることがわかった。職場の生産性が上がると知った」と話したという。
ワークショップの効果はすぐに表れた。経営者が親身になって指導するようになり、徒弟の習熟度が向上。両者の関係性も良好になった。顧客とのトラブルが絶えなかった徒弟も、今では店の留守を任されるようになったという。
■障がい者クッキー作りで起業
田島さんが力を入れるもうひとつのプロジェクトが、紛争被害者に対する職業訓練だ。紛争被害者とは主に、学校に通うことができなかった若者や、紛争で夫を亡くした女性を指す。需要の高い自動車整備や溶接といった技術を若者に、自宅で子どもと過ごしながらも収入を得られるクッキーやパンケーキ作りといった食品加工技術を女性にそれぞれ教える。
職業訓練プログラムでは、グループディスカッションや共同作業を多く取り入れるよう指導した。「学校に通えなかった紛争被害者らは、他人と協調して活動したり、評価されたりする経験が少ない。自分自身の意見を言う、相手の意見を聞く機会を作ることで、就職や起業した後も、円滑なコミュニケーションや異なる意見を尊重する姿勢をもってもらえる」と田島さんは説明する。
プログラムではまた、自ら整備した車や、手作りのクッキーなどの発表会も開く。他人から肯定的な評価を受けることで、自己の価値を認識し、自尊感情を高めるのが狙いだ。
小人症の障がいのため家から出るのも嫌だったという女性は、職業訓練を通してクッキー作りを学び、自立。売って得た収入を使って、家の壁のペンキを塗り替えたり、ベッドを買い替えたりした。家族から感謝され、自分の成長を実感し、自尊感情が高まったという。
「技術を身につけて、社会から肯定的な評価を受けることにより、将来に希望が見出せる。平和な社会とはみんなが希望を見出せる社会」。田島さんはこう力強く語る。