日雇い労働じゃないなら辞めるわ! コロンビアの家政婦が正規雇用を嫌がる「2つの誤解」

正規雇用の家事労働者として働くルース・ペニャさんさん。社会保障を受けて長期的な人生計画を立てられるようになったと話す

南米コロンビアには、正規雇用として働きたがらない家政婦(家事労働者)が数多くいる。「正規雇用になると、無料の医療サービスが受けられなくなる」「手取りの給料が減る」といった“誤ったうわさ”が彼女たちの間で流れているからだ。コロンビア政府は3年前から、家事労働者を正規雇用にする政策を進めてきたが、日雇い労働を雇用主が認めてくれないのなら辞める家事労働者まで出てきている。

■国内に100万人

コロンビアで家事労働者の正規雇用化が義務付けられたのは、包括的社会保障法が施行された2016年以降だ。これを受けて雇用主は、フルタイムの家事労働者には1カ月の最低賃金である82万8116ペソ(約2万7000円)を、週に数日だけ働く家事労働者には1日の最低賃金である2万7603ペソ(約900円)を払うことになった(最低賃金の額は2019年のもの。全国均一)。

ところがこれに伴い、家事労働者にも義務が生まれた。それは毎月、月給の約12%を年金として、約4%を医療保険として、3599ペソ(約100円)を労災保険として支払うことだ。

正規雇用化の狙いは、コロンビア国内に80万~100万人いるとされる家事労働者に社会保障制度の枠内に入ってもらうこと。だが状況は政府の思惑とおりに進まない。国際労働機関(ILO)によると、コロンビアの家事労働者の11%しかいまだに正規雇用化されていないという。

■ボーナスって何?

正規雇用化を阻む大きな要因は、家事労働者の間で広まる「2つの誤解」だ。

そのひとつが、正規雇用になると無料の医療サービスを受けられなくなるというもの。低所得者層の地域で暮らすコロンビア人は、「シスベン」と呼ばれる、政府の支援制度に登録すると、無料の医療サービスを受けられる。このサービスは、正規雇用になっても、週に数日だけ働く場合は継続できる。しかし事実を正確に知らない家事労働者らは「損をする」と考え、正規雇用になることを拒む。

実は、シスベンで受けられる医療サービスは満足できるレベルではないという。正規雇用の家事労働者となったルース・ペニャさん (43)は「シスベンだと、医者に診てもらうのに半年近く待たされたり、簡単な診察は受けられても精密検査してもらえなかったりする。もし手取りの給料が下がったとしても(実際は年収ベースでみると下がらない)、きちんとした医療保険に加入するほうが得」と話す。

もうひとつの誤解は、手取りの給料が減るというもの。これは、ボーナスや有給買い取り制度のことを知らない場合がほとんどだ。

正規雇用になれば、毎年6月と12月に半月分のボーナスを受け取れる。また有給休暇も20日認められ、消化できない分は雇用主に買い取ってもらうことも可能だ。年単位で考えれば、手取りは下がるどころか上がる。ただ日雇い労働しか経験したことのない家事労働者らにとって、こうしたメリットを理解することは難しい。

たとえ理解できたとしても、長期的なスパンで計画を立てられない女性もいる。ペニャさんが、日雇いベースの家事労働者の知り合いに1カ月の手取り額を教えると「そんな額では暮らしていけない」と驚かれることもざらだという。質の高い医療サービスを受けられること、ボーナスをもらえることを説明しても、たとえば子どもを3人以上抱えるシングルマザーにとっては日々の生活が大事。毎月の収入が少ないとやっていけないと嘆かれる。

■正規雇用手続きの代行も

こうした事態の改善を目指して、官民さまざまな団体がここにきて動き始めた。コロンビアの労働省は雇用主向けに啓蒙キャンペーンを打つ。大手メディアも「最低賃金を払わなければ多額の罰金刑」「雇用主がボーナスを払わないとどうなる?」といった雇用主の危機感を駆り立てる記事を載せる。

スタートアップ企業のなかには、正規雇用の家事労働者を家庭に派遣したり、家事労働者の正規雇用手続きを代行するサービスを手がけたりするところもある。環境は整備されつつある。

ただ家事労働者の生活を良くしていくうえでカギとなるのは、当の本人たちの意識改革。家事労働者のための政策が実を結ぶのはもう少し時間がかかるかもしれない。