タイは“隠れた華人国家”?!

富裕層を中心に、バンコクでは肌の色が白い女性が少なくない

「バンコクに住むタイ人の8割は中国人の血を引いている」「タイ人で中国人の血が入っていない人を探すほうが難しい」――といわれるほど、タイにはたくさんの華人が住み着いている。

その数は、少なめに見積もって300万~700万人。多めにカウントすれば、混血も進んでいるので、まさにつかみようのないレベルだ。大企業のオーナーのほとんどは華人だし(例外は王室系と軍部系ぐらい)、芸能界にも華人は少なくない。バンコクでフツーに出会うタイ人の中にも当然、華人は数えられないほど紛れ込んでいる。

華人の血を引き、たとえタイ族の血が一滴たりとも流れていないとしても、彼らのハートは「タイ人」だ。祖先の出身地すらよく知らない人もいるし、それよりなにより、自分のことを中国人というよりタイ人と思っている。中国語も満足に話せない。中国名も持っていない。外国人の目からしても、実際に付き合ってみると「あの人はやっぱりタイ人だな。フィリピンやインドネシアなどの華人みたいに中国っぽくカクカクしていないし、先住民(タイの場合はタイ族)を見下していないんだよな」と感じる。

華人とタイ人の線引きはどこまでもあやふや。タイ族自体、華南地方から移ってきた民族であることを考えると、近いだけに目くじらを立てるほどの違いはないのかもしれない。華人かタイ人(タイ族)かにこだわることは無意味なのかな、と日本人の私は頭を捻ってしまう。

それはさておき、実は、現チャクリー王朝のプミポン国王(ラーマ9世)の中にも中国人の血が少し混じっている。ラーマ2世の正室の1人が華人だったためで、その後、この正室の子孫が王位を代々継いできたからだ。ということはラーマ3世も、4世も、名君と尊敬を集める5世(チュラロンコン)もすべて華人ということになる。もちろん100%ではなく、血は薄まってはいるが。

さらに政界でも、華人勢力は強大だ。2011年8月8日に就任したタイ初の女性首相のインラックだけでなく、歴代首相をみても、独裁者だったピブン(華人を締め付ける政策を打ち出した)をはじめ、タノム、チャチャイ、チュアン、チャワリット、バンハーン、タクシン、アピシットらは華人。華人でない首相を探すほうが難しい。副首相や大臣などの主要ポストにも少なからず華人が就いている。

東南アジアでは、貧富の格差に対するやっかみもあって、先住民と華人が争いを起こすのはいわばお決まりのパターン。ところがタイでは例外的に、華人の同化がうまく進んだ。いざこざも聞かない。お隣のマレーシアのように、ブミプトラ政策(マレー人を何かに付けて優遇する)を採る必要もない。

華人がここまで融和できた理由を探ると、まず頭に浮かぶのは宗教だろう。単純に考えてもイスラム教より、タイ仏教のほうが華人にとって溶け込みやすいのは明らか。豚肉をこよなく愛し、「二足で食べないのは両親だけ。四足で食べないのは机といすだけ。飛んでいる物で食べないのは飛行機だけ」といわれる華人(広東人)が、食生活をイスラム風にがらりと変えて、そのうえ断食するとはイメージできないから。

タイの歴史を振り返っても、中国との貿易でタイに利益をもたらす華人に対しては官位を与えるなど、どちらかといえば優遇してきた(華人を「東洋のユダヤ人」と批判したラーマ6世もいるが)。まさに「自由の国」(国名の「タイ」は自由と言う意味)ならではの度量の大きさ。いまや、“経済力”だけでなく、華人を“政治”や“王室”、さらには“国民”としてのみ込み、国家を発展させていっている。

シンガポールを“見える華人国家”とすれば、タイはある意味“隠れた華人国家”といえるかもしれない。