新型コロナウイルスをめぐる中国政府の対応について、アムネスティ・インターナショナルは3月19日、中国では政府批判を取り締まる「ネット検閲」が厳しくなり、表現の自由が奪われているとの見解を発表した。ところが実際に中国に住む人たちは「不自由になった」とは感じていないようだ。広州在住の大学生、丘建堃さんは「抑圧的な中国政府という偏見に基づいた発表では」と疑問を投げかける。
■アムネスティ、検閲を回避するために隠語も
アムネスティによると、ことの発端は1月、ミニブログサービス「微博(ウェイボー)」へのユーザーの投稿が削除されたことだ。投稿は、新型コロナの感染が最初に広まった地域である「武漢」や「湖北」という文字の使用がネット上で制限されていると批判したものだ。
感染が拡大した当初、新型コロナの存在や危険性を隠蔽していた中国。市民が次々とネット上に中国政府への批判を書き込んだが、これらの投稿はすべて検閲され、削除された。
新型コロナの認識が中国でまだそれほど広まっていなかった2019年12月末、いち早くSNS上で感染拡大に警鐘を鳴らしたのは李文亮医師だった。李医師が2020年1月に警察に問い詰められた際に交わしたとされるやりとりの一部はSNSで拡散され、直ちに削除された。その日の夜に「表現の自由がほしい」というハッシュタグが微博で広がり始めた。だが間もなく削除され、使えなくなった。
カナダ・トロント大学の研究機関シチズンラボが明らかにしたところでは、2020年1月はじめから2月中旬まで、新型コロナや中国政府に関係する516個の単語や語句が微信で検閲の対象となった。検閲対象の言葉を含む投稿やメッセージは削除されるか、送信できなくなった。検閲対象となった言葉の例には「武漢、肺炎、中国共産党、危機、北京」といった単語やその組み合わせがある。
日に日に検閲対象の言葉が増える中、ネットユーザーは検閲を回避するため、「武漢」=「武」、「湖北省」=「湖」と言葉を工夫して用いるようになった。このほかに、「政府」はそれぞれの漢字の第一音を並べた読み方である「zf」、同様に「警察」=「jc」で表される。
一部の言葉は使うユーザーによって検閲される場合とそうでない場合があり、ネットユーザーたちは使用する言葉に細心の注意を払った、とアムネスティは言う。
■中国人学生、隠語の存在も知らなかった
アムネスティの見解に対し、丘さんはこう反論する。
「中国に対する偏見に基づいている。検閲があったのは事実だが、それをしたのは武漢の地方政府。中国政府ではない。中央政府はその後、武漢の地方政府に対し、検閲を含めた不適切な初期対応について処罰し、李文亮医師の遺族にも謝罪した。海外の人権組織がもつ、中国政府に対する抑圧的なイメージで事実を誤解している」
そもそもネット上に批判を書く人は、新型コロナが広がる前から大勢いる。それらは削除されていないという。「すべて削除するのは不可能だ」(丘さん)
検閲を回避するために工夫された言葉についても、丘さんは「隠語は伝播する力が小さい。実際はさほど広まっていない。僕も、僕の周りの友だちも隠語が使われていることすら知らなかった。国民ひとりひとりについて巨大なデータベースをもつ中国政府ならば、個人間のチャットにもアクセスできるだろう。隠語に気づかないとは考えにくい」と話す。
中国の表現の不自由を指摘した例はこれまでにも多くある。国際的な人権団体フリーダムハウスが発表した2019年度の「世界ネットの自由度ランキング」では、中国は4年連続で最下位(対象は65カ国)となった。中国に続くワースト5はベトナム、キューバ、シリア、イラン。トップはアイスランド。日本は11位だった。
中国には表現の自由がないとされる理由のひとつに、「グレート・ファイアウォール」と呼ばれるインターネットの大規模検閲システムがある。これは国民が国外のウェブサイトを閲覧できないようにしたもの。ただ実際は、VPN(仮想プライベートネットワーク)という通信網を使えば、フェイスブックやツイッターにも簡単にアクセスできる。
若者を中心に多くの中国人は日常的にVPNを使っている。国外のゲームサイトや動画サイトにアクセスするためだ。丘さん自身も日本のウェブサイトにアクセスして、日本のドラマを見るのが好きだという。検閲体制の下でも実際は国外の情報は手に入る。
丘さんは「外国からすると、中国人は世界のウェブサービスにアクセスできないから不自由といわれる。だがそうではない。微博や微信といったアプリが国内でツイッターやフェイスブックの役割を果たしているため、不便だとは感じない」と話す。