薬とドラッグは紙一重
ニューとネイルの話を聞く限り、大麻の合法化はタイの医療にも経済にもプラスに働くようだ。とはいえいまだに違法としている国も多い。それは大麻が依存症や知覚の変化を引き起こすと言われているからだ。根本的な疑問として大麻を合法にして問題ないのか。
「タバコ、コーヒー、チョコレート、セックス、気持ちいいものにはすべて依存性がある。もちろん大麻にも」
こう話すのは、チェンマイの郊外、ドイサケットで大麻を栽培するアメリカ人、ミーシャ・コニャフスキー(34)だ。ミーシャはカリフォルニアの大学で植物学を学んだあと、チェンマイのメージョー大学でタイ原産の大麻の遺伝子の研究をした人物。大麻の解禁に合わせて、ドイサケットで大麻の栽培を始めた。約1000株の大麻を現在、農園で育てている。
そんなミーシャはこう続けた。
「毎日、大麻を大量に吸っていたら身体に悪い。だが適量に使えば、うつや不安も解消されるし、ガンなどに対しては痛み止めにもなる。副作用もない。大麻を薬として使うのか、ドラッグとして使うのか。すべては自身の選択だ」
こう前置きしたうえで、ミーシャは次のように断言する。
「ただ個人的には選択できることが大切だと思っている。身体に何を入れるのか、自分で決められるべきだ」
では選択肢を広げたタイ政府の決定は歓迎すべきことなのか。こう聞くとミーシャは苦笑いを浮かべてこう答えた。
「いいところと悪いところがあると思う。選択肢を与えたという意味ではいいが、ルールの整備が不十分だ。誰でも作って売っていいとなったら、大麻の質を管理できない。今後、数年をかけて安全に大麻を使えるような基準を作っていかなければならない」
タイでは現在、21歳未満への販売ができなかったり、大麻オイルのような抽出物のトリヒドロキシカンナビオールの濃度は0.2%以下でないといけないなどのルールはある。だが生産や販売に資格は必要なく、大麻の種類にも制限はない。
タイ政府は引き続き娯楽のための使用を禁止するが、医療目的や個人の健康のための利用は認めている。このあいまいな基準が大麻の乱用につながるのではないかとミーシャは危惧する。
そこでミーシャは地域の農家に安全な品種の大麻の苗を譲ったり、安い値段で販売している。ワークショップも開催し、大麻の品質向上に力を入れているという。
「農家が正しい栽培方法を学べば、安全な大麻が流通する。農家の収益も上がる」とミーシャは微笑む。
経済優先や政府の人気取りのために、いち早く大麻を解禁してしまった感のあるタイ。反対に日本では大麻の有効利用が議題にも挙がっていないように見える。私はミーシャに日本の状況を説明した。するとこういった答えが返ってきた。
「麻薬だと長年言われてきたものを、そうじゃないと考え直すことは難しい。時間がかかる。だからこそ私たちは大麻について議論しなければならない。質問することを恐れてはいけない」
リジェネレーティブな生き方
私はインタビューを終えた後、ミーシャの農園を見せてもらった。バナナ、レモングラス、バジル、草木が生い茂り、その間で商業用のサボテンと大麻がすくすくと育っていた。池では鯉が優雅に泳ぎ、庭では犬たちが走り回っていた。ミーシャはここで「リジェネレーティブ農業」をしているのだという。
リジェネレーティブ農業とは、天然肥料を使って多様な植物を栽培することによって生産を促進させる方法。鯉の糞が堆積した池の土を畑に利用したり、レモングラスを漬けた水を殺虫剤として使ったりする。バナナの葉で日陰を作り出し、日に当たる時間もコントロールする。枯れた草木はコンポストして使う。
「ある特定の作物を大量に栽培したら、土がやせ細り、次に栽培するときは収穫量が下がってしまう。反対にリジェネレーティブ農業は毎回土が肥沃になり、生産量が上がっていく。これが地球を救う唯一の方法だ」(ミーシャ)
この話を聞いて私は妙に納得した。大麻も同じではないか。大量に服用すれば身体を壊してしまうリスクがある。だが適量を適切な時に使えば、痛みを軽減させたり、ストレスを解消することもできる。
我々は自分たちの身体をリジェネレーティブにするために大麻とどう付き合っていくのか。雨期の曇り空の下、私はバイクを走らせながら大麻との未来に思いを巡らせた。