「ベトナムで賄賂は珍しくない。悲しいけど普通のこと」。ベトナム人はこの言葉を何度も繰り返す。青年海外協力隊員としてベトナムの首都ハノイに暮らして2カ月。私は早くも“途上国の現実”を垣間見ることになった。連載第1回ではベトナムの“賄賂文化”を取り上げたい。
■IDカードの早期発行に公安職員は2400円要求
ベトナムでは全国民がIDカード(身分証明書)を所有する。15年ごとの更新が必要だ。ハノイ在住のソーシャルワーカー、アインさん(仮名・30代女性)が更新の手続きに公安に行ったときのこと、担当者から「新しいIDカードを受け取るまで2週間かかる」と言われた。
だがアインさんは1カ月半後に海外に行く予定があった。だからパスポートの発行手続きに必要なIDカードを早く受け取りたかった。公安の男性に事情を説明したところ、「検討して後で連絡する」。電話番号を残し、その場を離れた。
公安の男性は15分後、電話をかけるふりをして、外にいたアインさんのもとにやってきた。そしてこう告げた。「50万ドン(約2400円)、3日後(にできるか)」
言うまでもなく、50万ドンはこの男性のポケットマネーになる。アインさんは仕方なくこの要求をのんだ。
■税関職員になるには500万円の賄賂を払う!
ベトナムの政府機関のなかで、人気がある仕事は空港の税関業務だ。その理由は「賄賂がたくさんもらえるから」と旅行代理店を経営するフォンさん(仮名・40代男性)は説明する。税関の職員になるには5万ドル(約500万円)の賄賂が必要という。
海外で買い物して帰国したベトナム人は、通常は法律に則って関税を支払わなければならない。ところが税関職員に賄賂を払えば、減税または全額免除になる。旅行者、税関職員の双方にとって“ウィンウィン”になるから賄賂は横行する。
ベトナム人の平均月収は200ドル程度(約2万円)。これを考えると、税関の職員になるために必要な賄賂の金額5万ドル(約500万円)は破格だ。しかし見方を変えれば、5万ドルを払えば儲かる仕事に就ける。それだけ価値のある仕事なのだろう。
■学校教師の70%は“賄賂就職”
教育現場への就職にも賄賂は欠かせない。公立校でもだ。フォンさんによれば、学校教師の70%は賄賂を払って就職している。
賄賂の金額は学校によって違う。フォンさんの息子が通う高校だと、少なくとも1万ドル(約100万円)払わないと教師として雇ってもらえない。平均月収の4年2カ月分に相当する賄賂は、たいてい親が払う。子どもには安定した仕事に就いてほしいという親心が根底にあるのは容易に想像できる。
私が驚いたのは金額の多さもさることながら、賄賂を渡すタイミングだ。採用面接のときに、履歴書と一緒に賄賂を渡す。この際、賄賂は封筒に入れる。あからさまにはしない。その後、金額が少なければ不合格、金額が足りていれば合格の通知がくる。
高校では年に数回、保護者と教師の面談がある。教師にとって面談は貴重な収入源。面談時には、生徒の親から賄賂をもらえるからだ。相場はピンキリだという。
フォンさんは「賄賂は恥だ。だから払いたくないし、払っていない。ただ自分が賄賂を払っていないせいで、息子が教師からひどい扱いを受けていないだろうか」と心配している。
賄賂の相場はクチコミで出回る。フォンさんいわく、必要な金額を把握するのはベトナム人にとって常識。ベトナム社会を生きていくためには現実として賄賂から逃れられないのだろう。
ハノイではいま、道路を埋め尽くす大量のバイクや、あちこちで見かける建設中の高層ビルが目立つ。だが毎年5%以上の経済成長を遂げる陰で、賄賂はなくならない。「お金を払って何とかする」価値観が浸透するベトナム。賄賂文化を悲しんでも、当たり前となっている現状を変えることは難しい。(有松沙綾香)